「もなか村の墓地はな、龍脈の上にあんのよ。ユウキ」
「りゅう……な、何だって?」
「龍脈。土地のパワーが集まるラインのことだべ。その上や近くに住んでると運が良くなんだ」
ぶ厚い眼鏡のレンズを光らせる勉さんは物知りだ。こういうとき理屈をわかりやすく説明してくれるのは、俺が子供の頃から彼の役割だった。
「んだ、ユキちゃん。一度、中国の風水師を呼んで詳しく鑑定してもらったんだあ。超一級の龍脈なんだと」
「ばあちゃんもな、まだ若いときじいちゃんが生きとったとき立ち会ったんだ。向こうの寺院の仙人様みたいなお人が来てくだすって」
俺はいったい何を聞かされているんだ……?
ものすごく……オカルトや都市伝説だ……。
確かにもなか村にはオカルト伝奇系の伝承や伝説がいくつか残ってるが、今まで聞いたことのない話だ。
そう言うと村長はちょっと渋い顔になった。
「ユキちゃんの言いたいこともわがる! だけんど墓を移した連中がな、気づくと全員、没落してるんだべ」
「………………」
話はこうだ。今から半世紀前の七十年代、もなか村は今のような限界集落でもなく、村民も少ないなりに三百人以上いた。
ところが八十年代に入ってバブルが弾ける少し前、高度成長期の波に乗ろうとした地主の一人が、持っていた山を外資に売ってゴルフ場ができた。
そう、以前も説明した村の湧水汚染の原因になったあれだ。
ゴルフ場の除草剤が汚染したルートが、もなか村の龍脈にも悪影響を及ぼした。墓地の先祖の子孫たちにダイレクトな運気の低迷をもたらしたらしい。
それまで抜群の出世運を誇っていたのにパッとしなくなったり、急に持っている株の会社ばかりが倒産したり、一族に難病患者が増え出したり……
違和感に気づいた大物のある人が、まず自分の知り合いの霊能者を頼った。
……この辺から既にもう怪しいが、俺はまず話を最後まで聞くことにした。
霊能者が占うと『先祖』と出たので、その人は古い先祖の墓がある遠くのもなか村をすぐ思い出したらしい。霊能者を連れてすぐもなか村へやってきた。
すると、村では山のひとつが売られてゴルフ場が建設され、その頃には除草剤被害で大騒ぎとなっていたと。
そこから霊能者のお師匠様つながりで中国の風水師を招いて大々的に調査したところ、もなか村には良質のパワースポット〝龍脈〟があると判明する。
その良い影響が墓地と納められている遺骨を通じて子孫たちに流れていた。が、汚染のせいでその恩恵が低下してしまったらしい。
「汚染されたといっても、龍脈の加護がなくなったわけじゃねえ。吉凶半々ぐらいの効果が残ってる。んだけど怖がって墓を移した連中は……皆いなくなったべ」
「人里の龍脈は住む人がおらんくなると枯れてまうのだと。だからどんなに人がおらんくなっても村は維持しなきゃなんね」
「村長……勉さん……」
これが本当なら、もなか村の衰退はかなりの大事だ。
だが意外なところに光明があったようだ。
「バブルが弾けてゴルフ場もすぐおっ潰れた。除草剤垂れ流しもなぐなって土地の汚染も止まった。あとは龍脈が回復するのが早いか、村が潰れるのが早いかだっぺ」
と皆が恐れながら暮らしていたところに、呑気な顔でゴールデンウィークに帰省してきたのが俺だったと。
「こりゃ逃しちゃなんねって、皆で決めてたんだあ」
「ゆ、ユキちゃん。違うっぺ、ばあちゃんはまず相談したいなって思ってバス券買って送っただけ! ユキちゃんの顔見たかったのも本当だべ!」
「ばあちゃん……」
もういい。それ以上言わんでくれ。
とりあえず、話はわかった。俺はぐいっとグラスの赤ワインを一気に飲み干した。