男爵の屋敷に戻る頃には陽も暮れていた。
夕食の時間までまだあるそうなので、ピナレラちゃんと別れて客間で改めてスマホを確認することにした。
「……やっぱり。メールやメッセージアプリもふつうに受信してるな……」
俺のスマホには元職場の人間からのメールや、親しかった人たちや友人たちからはアプリ宛のメッセージがぽつぽつ届いていた。
「ん? 鈴木からメッセージは珍しいな」
鈴木は同じ大学の後輩だ。去年の新卒でまだ若いが、俺が辞めるまでは部署も同じ営業部だったので面倒を見ていた。
今どきっ子の筆無精というかダウナー系の面倒くさがりでメッセージアプリでもスタンプ一つで会話を済ませるし、既読スルーも平気でかます男だったはず。
ところがそのメッセージはいつもの短文か顔文字かスタンプだけで済ませる男とは思えないほど、長文だった。
「八十神、あの野郎……俺が辞めた後も好き勝手やってるのか」
鈴木からのメッセージは、コンペ優勝後の八十神の快進撃と、元カノ穂波との社内での仲良しぶり、そして俺のあることないことを広めていることが書かれていた。
鈴木は俺を心配して気にかけてくれているようだ。
『彼の行動は明らかにユウキ先輩への名誉毀損です。正直ろくでもねえって思います』
「くそ。元の世界にいたなら殴り込みに行ってやったのに」
すぐ鈴木に返信したが、いつになっても既読が付かない。
何度か繰り返してみた。これはスルーされたというより、電波状態が不安定で相手方にメッセージが届いてないらしい。
仕方ない、これは何度か再送信を繰り返してみよう。
「……スマホもネットも一応使えるが、信頼性は低い、か」
客間の椅子にもたれかかり、溜め息を吐いた。
まだ晩飯まで時間がかかりそうだ。ピナレラちゃんは帰宅後すぐ屋敷のお手伝いを始めてしまったし。
手伝いが必要か尋ねたが、「おきゃくさんはやすんでなきゃなの!」と言われた。
だから、スマホを充電しながらインターネットで時間を潰すことにした。
このときの俺はまだ異世界転移という非日常に浮かれていた。
だから元の世界でもなか村が消失して大騒ぎになってることも知らず、学生時代の友人たちと遊んでた頃の気分でネット掲示板に「村ごと異世界転移したけど質問ある?」というスレッドを立ててしまった。
このスレは意外と反響があり、時々スマホでチェックするのが楽しみになっていた。
そして約二十分後、ピナレラちゃんが食事の用意ができたことを知らせに来た。
「おにいちゃ! ごはんだよ! きょうはごちそう!」
「あんがとう」
すぐにピャーッと走り去ったピナレラちゃん。まだまだ子供らしい野性味が残っていて、めんこいべさ。
「もう今日はスマホはやめようかな」と思ってバッテリーを長持ちさせるためにスマホを切ろうとした瞬間、ふとメッセージアプリを開いた。
「八十神君。こんなに距離があるのにお互いスマホで繋がってるなんてね。フレンドだぜ、フレンド!」
実はノリと勢いで退職してしまった俺だが、その直後から考えてたことがある。
八十神は俺のコンペ企画書を、いつ、どこで、どうやって盗んだんだろうか?
俺はデスク周りにメモをあちこち書き散らすタイプで、会社から貸与されてたパソコンのIDとパスワードもデスクマットの中に入れていた。元々会社のパソコンには大したデータは入れてなかったし企画書データは唯一の例外だった。
退職時にはそのメモはすべて処分し、パソコンもシステム部に初期化してもらったが……
八十神は間違いなく、その俺のIDとパスワードでデスクのパソコンにログインし、保存してあった企画書を盗んだに違いない。
コンペでのあいつのプレゼンは、単なるメモからでは作れるものではなかった。根本にはパソコンに保存されていた俺の企画書があった。
「あの野郎。意識高い系気取ってタブレット持ち歩いてるくせに、ITには詳しくなかったはずだ」
俺も長年のパソコンとスマホのユーザーだ。小学生の頃からアメリカのフルーツマークの製品を使い続けている。情報処理の資格こそ取っていなかったが、会社で使う情報システムについては一般人以上に知識があった。
コンペの日、何日もかけて完成させた企画書データが消えてしまい、俺はパニックになった。
だが、肝心なことを忘れていた。データはパソコンのハードディスクにあったわけではなく、社内ネットワーク上の個人用ストレージに保存されていたのだ。
「つまり、いつパソコンにログインして、ストレージのデータにアクセスしたり削除したりしたかの記録は、システム部に行けば確認できたはずなんだ」
なのに俺ときたら必死に間に合わせの資料で企画書を作り上げて、結果はズタボロの惨敗。プレゼンすらできなかった負け犬だ。
システム部は定期的にデータのバックアップを取っているので、そのバックアップから企画書を復元できたかもしれない。しかし、それに気づいたのは退職後、もなか村に帰った後。もう手遅れになってからだった。
八十神へ俺は二つのメッセージを送った。最初のメッセージは。
『お前の悪事は必ずバレる。
俺のIDとパスワードで不法ログインして企画書データを盗み、証拠隠滅のためにデータを削除したことを知っている。』
二通目。
『俺が辞めたからって、お前の罪が消えるわけじゃない。くたばれ、パクり野郎』
ネットの接続が不安定で、このメッセージが八十神に届いたかは定かでない。
俺はこのメッセージを送った後、八十神のアドレスをブロックし、削除した。
夕食の時間までまだあるそうなので、ピナレラちゃんと別れて客間で改めてスマホを確認することにした。
「……やっぱり。メールやメッセージアプリもふつうに受信してるな……」
俺のスマホには元職場の人間からのメールや、親しかった人たちや友人たちからはアプリ宛のメッセージがぽつぽつ届いていた。
「ん? 鈴木からメッセージは珍しいな」
鈴木は同じ大学の後輩だ。去年の新卒でまだ若いが、俺が辞めるまでは部署も同じ営業部だったので面倒を見ていた。
今どきっ子の筆無精というかダウナー系の面倒くさがりでメッセージアプリでもスタンプ一つで会話を済ませるし、既読スルーも平気でかます男だったはず。
ところがそのメッセージはいつもの短文か顔文字かスタンプだけで済ませる男とは思えないほど、長文だった。
「八十神、あの野郎……俺が辞めた後も好き勝手やってるのか」
鈴木からのメッセージは、コンペ優勝後の八十神の快進撃と、元カノ穂波との社内での仲良しぶり、そして俺のあることないことを広めていることが書かれていた。
鈴木は俺を心配して気にかけてくれているようだ。
『彼の行動は明らかにユウキ先輩への名誉毀損です。正直ろくでもねえって思います』
「くそ。元の世界にいたなら殴り込みに行ってやったのに」
すぐ鈴木に返信したが、いつになっても既読が付かない。
何度か繰り返してみた。これはスルーされたというより、電波状態が不安定で相手方にメッセージが届いてないらしい。
仕方ない、これは何度か再送信を繰り返してみよう。
「……スマホもネットも一応使えるが、信頼性は低い、か」
客間の椅子にもたれかかり、溜め息を吐いた。
まだ晩飯まで時間がかかりそうだ。ピナレラちゃんは帰宅後すぐ屋敷のお手伝いを始めてしまったし。
手伝いが必要か尋ねたが、「おきゃくさんはやすんでなきゃなの!」と言われた。
だから、スマホを充電しながらインターネットで時間を潰すことにした。
このときの俺はまだ異世界転移という非日常に浮かれていた。
だから元の世界でもなか村が消失して大騒ぎになってることも知らず、学生時代の友人たちと遊んでた頃の気分でネット掲示板に「村ごと異世界転移したけど質問ある?」というスレッドを立ててしまった。
このスレは意外と反響があり、時々スマホでチェックするのが楽しみになっていた。
そして約二十分後、ピナレラちゃんが食事の用意ができたことを知らせに来た。
「おにいちゃ! ごはんだよ! きょうはごちそう!」
「あんがとう」
すぐにピャーッと走り去ったピナレラちゃん。まだまだ子供らしい野性味が残っていて、めんこいべさ。
「もう今日はスマホはやめようかな」と思ってバッテリーを長持ちさせるためにスマホを切ろうとした瞬間、ふとメッセージアプリを開いた。
「八十神君。こんなに距離があるのにお互いスマホで繋がってるなんてね。フレンドだぜ、フレンド!」
実はノリと勢いで退職してしまった俺だが、その直後から考えてたことがある。
八十神は俺のコンペ企画書を、いつ、どこで、どうやって盗んだんだろうか?
俺はデスク周りにメモをあちこち書き散らすタイプで、会社から貸与されてたパソコンのIDとパスワードもデスクマットの中に入れていた。元々会社のパソコンには大したデータは入れてなかったし企画書データは唯一の例外だった。
退職時にはそのメモはすべて処分し、パソコンもシステム部に初期化してもらったが……
八十神は間違いなく、その俺のIDとパスワードでデスクのパソコンにログインし、保存してあった企画書を盗んだに違いない。
コンペでのあいつのプレゼンは、単なるメモからでは作れるものではなかった。根本にはパソコンに保存されていた俺の企画書があった。
「あの野郎。意識高い系気取ってタブレット持ち歩いてるくせに、ITには詳しくなかったはずだ」
俺も長年のパソコンとスマホのユーザーだ。小学生の頃からアメリカのフルーツマークの製品を使い続けている。情報処理の資格こそ取っていなかったが、会社で使う情報システムについては一般人以上に知識があった。
コンペの日、何日もかけて完成させた企画書データが消えてしまい、俺はパニックになった。
だが、肝心なことを忘れていた。データはパソコンのハードディスクにあったわけではなく、社内ネットワーク上の個人用ストレージに保存されていたのだ。
「つまり、いつパソコンにログインして、ストレージのデータにアクセスしたり削除したりしたかの記録は、システム部に行けば確認できたはずなんだ」
なのに俺ときたら必死に間に合わせの資料で企画書を作り上げて、結果はズタボロの惨敗。プレゼンすらできなかった負け犬だ。
システム部は定期的にデータのバックアップを取っているので、そのバックアップから企画書を復元できたかもしれない。しかし、それに気づいたのは退職後、もなか村に帰った後。もう手遅れになってからだった。
八十神へ俺は二つのメッセージを送った。最初のメッセージは。
『お前の悪事は必ずバレる。
俺のIDとパスワードで不法ログインして企画書データを盗み、証拠隠滅のためにデータを削除したことを知っている。』
二通目。
『俺が辞めたからって、お前の罪が消えるわけじゃない。くたばれ、パクり野郎』
ネットの接続が不安定で、このメッセージが八十神に届いたかは定かでない。
俺はこのメッセージを送った後、八十神のアドレスをブロックし、削除した。