「ここ、本土から離れた飛び地でねえ。人も少ないし、しょっちゅう災害や他国からの侵攻で地名が変わってたんだよね」

 俺が転移したアルトレイ第一村はアケロニア王国の北部にあるそうだ。
 そんで男爵のモーリスさんから聞いた説明は嘘のような本当だった。

「もう僻地っていうか最果て化してて。そのたびにアルトレイ公領ですって訂正するのが面倒になって、自棄になった何代か前の領主が〝ど田舎領〟や〝ど田舎村〟を別称で国に登録しちゃったんだよね」
「そいつは……起こしちゃいけない自棄っぱちでしたね……」

 それ別称じゃなくて蔑称だろ。なんともコメントに困る話だった。言ってる男爵本人も微妙そうな顔をしている。

「一応、元は王族が治める王家の直轄地だったんだよ。でも今はもういないから荒れ放題でねえ」
「え。それ大丈夫なんですか、言いにくいけど国から見捨てられたとかそういう……?」
「それは大丈夫。ちゃんと僻地なりに支援や援助はされてるから。でもやっぱり公領なのに王族が統治してないとね。いろいろと弱いよね」

 聞くところによると、百年ほど前までは王様の兄弟姉妹の誰かが大公となって赴任して、問題なく治められていたそうな。
 ところがあるとき、大公様の後継ぎが行方不明になった。それ以降、王族の親戚が何人も消息不明となり誰一人として戻ってこなかったのだという。

「それから王族が寄りつかない地域になっちゃって。たまに王都から視察に来るのも官僚ばっかりで」

 なるほど、支援はされてるが基本、中央からは距離を置かれてる感じか。



 この〝ど田舎村〟で俺が倒れて発見されたのは昨日の早朝だったそうだ。
 それから丸一日以上寝てて、今は昼を過ぎた頃だという。確かに腹が減っている……
 男爵やばあちゃんたちは昼飯を済ませた後だというので、俺はそのまま屋敷の食堂に案内されてスープを分けてもらった。

 玉ねぎやじゃがいも、いんげんやズッキーニなどを細かく切ってオリーブオイルで炒めたトマトベースのスープだ。ショートパスタも少し入ってる。ミネストローネだな。
 上には粉チーズが少し。スープボウルもスプーンも温かみのある木製だった。木のさじでまずはスープだけを一口。途端に口の中に広がる野菜のほんのり甘い旨味。い、癒される……!
 あれ、この味は。

「んだ。ばあちゃんがお手伝いさせてもらったんだべ。お野菜はここで採れたもんだあ」

 普段は和食中心のばあちゃんだが、料理好きなので本や雑誌、最近ではネットからのレシピも難なく作ってしまう。
 ミネストローネはイタリアのマンマの料理だという。新鮮な野菜を使って丁寧に野菜を炒めて作ると出汁やベーコンなどの肉も要らないんだと昔言ってた覚えがある。決して冷蔵庫の余り野菜の処理メニューにしてはいけない。やはり素材は大切なのだ。
 野菜とパスタだけだから一日寝てた俺の胃にも優しい。

 ばあちゃんの思いやりにじーんときていると、同じテーブルでお茶を飲んでいた男爵が説明の続きを話してくれた。

「異世界からの転生や転移はたまにあるんだよ。異世界人が出現したらその土地の領主は最低限の身の安全と生活を保障することって決まりもある」

 よ、良かった! 優しいほうの異世界転移パターンだ!
 見た感じ、ど田舎村ももなか村と張るレベルの僻村、限界集落ぽいのでスローライフパターンは無理かもと思っていたのだ。
 異世界転生や転移への理解がある世界というのは強い。

 ところで他の異世界からの来訪者たちはどうなったかと聞いてみると。

「王家の保養地に異世界からの来訪者たちが作った集落があってね。発見されるたびそちらに向かうよう勧めて手配するんだけど、ちょっと遠いんだよね」
「どのくらい遠いんです?」
「まず、飛び地のど田舎村から出るのに三日はかかる。隣のシルドット侯爵領から馬車……はまだこの国の戸籍がない君たちは使えないから徒歩だと何ヶ月かかることやら……」

 それに男爵によると俺たちは異世界人というほかに、いくつかの懸念事項があるという。

「ユウキ君。君みたいな黒い髪と目の人間は、この国だと王族しかいないんだ。他国に行けば別々ならいるんだけどね」
「へ?」
「多分君、そのままこの〝ど田舎領〟を出たら大騒ぎになると思う」
「と言われましても」

 黒髪黒目は実は日本人の特徴ではない。普通は濃淡様々な茶色の瞳が多いからだ。
 もなか村で黒髪黒目は俺たち御米田家の特徴だ。ばあちゃんはもう白髪なので目だけが黒い。俺はまだ三十前で髪も黒々、目はばあちゃんや親父からの遺伝で真っ黒。

 あとは従兄弟が一人、黒髪黒目だったが……そいつはもう十年以上前に事故で亡くなったので今はいないのだ。

「まあその辺はゆっくり考えていこう」

 男爵がうまいこと話をまとめてくれた。ちょうど俺もスープを食い終えた。

 腹もそこそこ膨れて気持ちも落ち着いたところで、あることに気づいた。

「あれ? ばあちゃん、もなか村の他の人たちはどげんしたとね?」