目を覚ますとばあちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
 ここはどこだ? 辺りを見回すと室内で、ベッドに寝かされていたようだ。

 口の中に華やかな果汁の味が残っている。
 ついさっきまで誰かに会って話していた覚えがあるが……はて、記憶がない?

「ユキちゃん。大丈夫け?」
「ばあちゃん」

 ベッドから起き上がると、ばあちゃんの後ろから初めて聞く男の声がしてちょっとビクッとした。
 現れたのは見たことのない外国人のおじさんだった。

「おや、お孫さんは目を覚ましたのかね?」

 この土地の領主だという彼はブランチウッド男爵モーリスさんと名乗った。
 男爵といえば貴族だが、茶色の髪とカーキ色の瞳のひょろっと細長いおじさんは人の良さそうな顔立ちと話し方の好印象の人だ。
 ばあちゃんが信頼した様子を見せてるので俺も丁重な態度を取るべきだろう。

 それから白湯を一杯貰って一息ついてから、事態を説明してもらった。

 俺はここ、異世界の村に倒れていたところを地元の村民に発見されて保護されたそうだ。
 見知らぬ男なのにちゃんと保護してくれたのは、先にばあちゃんや他のもなか村の住民が保護してもらっていて事情を把握していたからだと。

「む、村ごと異世界転移……ですか!?」
「みたいだね。窓から外を見てごらん」

 言われるままに窓から外を見ると、見たことのない自然風景が広がっていた。標高が高めの山々に囲まれた山林や畑の合間に、ぽつぽつとまばらに西洋風の小さな民家がある。

「で、今度は外に出て反対側を見て見よう」

 男爵の後ろを付いていき、建物の外に出るとそこには。

「も、もなか村がある……!?」

 男爵の屋敷のすぐ横左手が、アスファルトの駐車場になっていた。その先にある白い建物は……もなか村役場!
 役場の建物に向かって左側には、俺がここに来る前に入ってた村営温泉の小さな小屋もある。
 この位置関係だと、右手側には隣町のもなか町に繋がる道路があるはずだったが……途中で途切れていた。

「ど、どうなってるんだべ!?」

 慌てて役場の建物に走り寄り辺りを見回した。
 田んぼや畑は毎日見てた光景と変わらない。ここからだとばあちゃんちは見えなかったが、ゴールデンウィークに一緒に山菜採りした山は見えている。
 林に隠れているが奥にはもなか川もあるはずだ。

「こっちは開拓してない荒れ地だったんだけどね。数日前、轟音とともに現れたのが君たちの〝もなか村〟と空さんたちだったんだ」

 空、つまり俺のばあちゃんだ。
 さすがばあちゃん、ニコニコした穏やかさで地元民たちの警戒を解いたと見える。



 もなか村が異世界転移したのはアケロニア王国、アルトレイ公領のアルトレイ第一村というそうだ。
 アルトレイはこの国の王家の昔の家名だそうで、かつて王女が降嫁した土地なことから地名に使われているとのこと。
 だが今は王家の血筋は誰もおらず、ブランチウッド男爵家が領主として公領全体を治めている。

 だが現地民は誰もここをアルトレイ公領やアルトレイ村などとは呼ばない。

「改めて歓迎するよ、ユウキ君。ようこそ、アルトレイ公領、――通称〝ど田舎領〟の〝ど田舎村〟へ!」

 思わず俺の黒い目が点になった瞬間だ。
 は? 今なんと仰いましたか……?