シミラ卿の提案──騎士団と国を相手に一芝居打ち、マーテルさんがすでに冒険者のバックアップを受けていることを、武力行使を持って示すことで連中を牽制する──の最大の問題点は紛れもなく、シミラ卿自身の命が懸かってしまうことだ。
 
 僕ら冒険者は、依頼に失敗しようが殺されるなんてことはないし、あったとしてもギルド総出で返り討ちにしてやるけれどシミラ卿はそうはいかない。
 騎士団長として敗北を喫すれば国は恥をかかされたとして始末にかかるだろうし、その時彼女の味方は誰もいないんだ。
 
 その辺、どう考えているんだろうかシミラ卿は。
 真剣に語る彼女の言葉に、僕も真剣に耳を傾けた。
 
「これがおそらく最善だ、流血を最小限に留めつつマーテルを他国に逃がすことができる。国と冒険者ギルドが本格的に対立するだろうが……そこは今さらだろう」
「ま、そうですなあ。我々としても、金さえ積めば汚れ仕事でもさせていいとのぼせ上がっている輩どもとは仲良くする気はありませんよ」
「それはそうでござるがなシミラ卿、貴殿の進退はどうされるおつもりでござる? そちらの案でいくと、貴殿の身に危害が及ぶでござろうが……」
 
 サクラさんも僕と同じことを考えていたみたいだ。シミラ卿に鋭い視線を向け、疑問を投げかける。
 最善……最善といえば最善なんだろうね、少なくともシミラ卿にとっては。建前上は国に従いつつもマーテルさんを逃がせて、かつそれでもまだ追撃するようなら冒険者が黙っていないという実例を示すことにも繋がる。
 
 ただ、そこに彼女自身は勘定に入ってないんだ。
 シミラ卿はあっけらかんと、清々しそうに笑ってサクラさんに答えた。
 
「この件が片付いたらどの道、騎士団長は辞めるつもりでいる。そちらのクビはいくらでも飛ばしてやるさ。物理的に首を飛ばしたいというのなら、別にそれでも構わない……ただまあ、私とて黙ってやられはすまいが」
「……国とやり合うでござるか? 面白そうでござるし加勢するでござるよ?」
「結構だ。これも私の不徳が招いた事態なのだから、余人は巻き込まず最期までやり遂げてみせるさ」
「………………………………」
 
 うーん、やっぱりいろいろ腹を括ってるね、これは。やる気満々な彼女の姿はどこか透明感さえ備えた気迫を纏っている。自身の死さえ織り込んで、命の使い所を見つけちゃってるみたいだ。
 これやばいよー。今まで我慢してきた分、もういいんだってなったら本当に、国全部を敵に回して死ぬまで暴れちゃいかねないよー、シミラ卿ー。
  少しの沈黙が流れる中、僕はどうにかできないか必死に頭を回した。出来の悪いオツムでも、どうにかしないとシミラ卿が大変なことになっちゃうよー。
 
 ────不意に、シアンさんとサクラさんの言葉を思い出して僕は閃くものを得た。
 そうだ、そうだよこれなら行けるかもしれない!
 
「すみませんが、こちらからも提案があります」
「ソウマ?」
「シミラ卿をこんなことで、あんな連中の手で終わらせちゃいけない。さっきの計画、少し変更しましょう」
 
 シミラ卿をまっすぐ見据えながら、僕はみんなにそう言った。
 さすがに、そんなことで命を投げ捨てさせる訳にはいかない。かつての仲間として今の友として、僕はシミラ卿のプランに横槍を入れるよー。
 
「騎士団と冒険者は国の思惑通りに組んで、一緒にオーランドくん達を追うんです。特にシミラ卿とサクラさんはタッグを組むのがいい──そこに、僕が邪魔立てします」
「……ソウマくん!?」
 
 僕の即興のとっておきプランに、即座にシアンさんがその意図するところを察したのか叫んだ。
 まあ言っちゃうとシミラ卿のプランにおける、国を牽制する冒険者の武力って部分をそっくりそのまま、僕の暴力に置き換えるんだねー。
 
 "僕は存在そのものがエウリデ連合王国に対して牽制となり得る"。
 放課後、部室でシアンさんとサクラさんが熱く語ってくれた僕の評判を思い出して、この作戦は考えつけたのだ。
 かつて手を出した挙げ句痛い目を見たスラムの野良犬が、今度は明確に自分達に牙を剥いてきた。なーんてのは今も調査戦隊絡みで苦い思いをしているらしいエウリデからすると、嫌でも対応せざるを得ないだろうしねー。
 
 シミラ卿にとってはサクラさんはじめ冒険者達と責任を折半できるし、冒険者達も表立って国と対立構造を本格化させるのも避けられるし。僕としても、3年前のちょっとした心のしこりを取り除けるかもだし、いいことづくめだよー。
 ホクホク顔を浮かべる僕に、けれどサクラさんとシミラ卿が難しい顔をして唸る。
 
「……エウリデ対冒険者の構図にはせず、エウリデ・冒険者連合対冒険者"杭打ち"の構図にすると? いくらなんでもそれは貴殿に負担がかかり過ぎでござろう」
「そうだぞ、ソウマ。私のことを気遣ってくれるのはありがたいが、いくらなんでもそれは無茶だ。そもそも一人で叛逆など、そんなことができるわけが」
「舐めてもらっちゃ困るよー」
 
 うーん、サクラさんは仕方ないにしてもシミラ卿、ちょっと見ないうちに僕のこと忘れちゃったのかなー。ちょっと寂しいけど一年ぶりだからねー仕方ないや。
 思い出してもらうつもりで、僕は二人に限定して威圧をかけた──騎士団員のボンボンにしたのとはわけが違う、調査戦隊副リーダー仕込みのマジ威圧だ。
 
 瞬間、二人の息が止まった。
 僕の本気の威圧に、否応なしに身体が反応したんだ。