どこまで行ってもハーレム主人公気質らしいオーランドくんへの嫉妬でどうにかなりそうながらも、僕としてもマーテルさん達を国に渡したくない思いは一緒だ。
 なんならシミラ卿だって乗り気じゃないんだろう。ここにいるってことはつまりそういうことだからねー。
 
「はっきり言うが騎士団長たる私も、副団長もその他の幹部格も、マーテル確保などしたくないのが本音だ。死ぬより酷い目に遭わされるだろう国の研究機関に誰が罪なき者を引き渡したいものか、それは騎士以前にまともな人間のやることではない」
「だったら別に、適当に追ったところで見失いましたーでいいんでないのでござるかー?」
「そうしたいところだがな……まったく残念だがこういう時ばかり、勤務に忠実で熱心な部下というものもそれなりにいるのさ」
 
 肩をすくめていかにも皮肉げに彼女は嗤う。
 超古代文明の生き残りってだけで、通常罪人が送られてそのままあの世行きになっちゃうような、闇の深い研究施設送りになるなんてあってはならないことだからねー。
 騎士としての誇りも高いシミラ卿以下騎士団の幹部陣はその辺、一歩も退く気はないんだろうけど。まあ、組織ってどうしても一枚岩じゃないかー。
 
「無駄に勤務年数だけ重ねたような下っ端どもは、今回の任に異様に気炎を上げている。相手はか弱い小娘、引っ捕らえて使命を果たせば上の覚えもめでたく立身出世の道も拓ける、と」
「栄達のためなら多少の犠牲もやむなしか。立派な騎士様もいたものですな」
「なんなら生意気な小娘騎士団長を蹴落とすことにも繋がるだろうから、いつになく精力的に取り組んでいるよ。上の指示を待たずして出撃する程度にはね」
「えぇ……? 部下の教育どーなってるの、シミラさん……」
「貴族の子息だ、名ばかりしかいないんだよソウマ。私の憧れた騎士団は、今や退廃してしまった。私のせいだろうな」
 
 ギルド長の皮肉にも乾いた笑みを浮かべて嘯くしかない、シミラ卿の姿はあまりに無力感に満ちている。
 部下の教育含め、騎士団をそこまで腐敗させたのは国の意向も貴族のボンボンの性根もあるだろうけど、結局のところ責任の所在はこうなるまでに手を打てなかったシミラ卿達自身にある、とするしかないから難しいところだよー。
 
 悔しいだろうなー……先代騎士団長を慕って、彼女の跡を継いで騎士団をより立派な組織にするのだと理想を掲げていたのがこの人なのに。今やかつての姿はもう、すっかりと色褪せてしまっている。
 今ここにいるのは、自身の力不足も含めたすべてに嫌気が差した女の人でしかなかった。
 
「というか、もうすでに出撃してるってことはオーランド達を追ってるのでござるか? それもう捕まってないでござるか?」
「マーテルが出立したのが2時間前、馬鹿どもが無断出撃したのがその一時間後……どちらも馬を使用しているのだとして、いずれ捕捉するだろうがまだそこまで追い縋ってはいまい。そしてその程度であれば、迷宮攻略法を修めている者であれば容易に辿り着ける」
「…………あー。つまりシミラ卿、僕らに連中を止めてほしいってこと?」
 
 部下が暴走しているのを止められずにいる彼女がここにいる理由なんて、そのくらいしか思いつかない。
 迷宮攻略法をある程度でも習得している僕やサクラさんを呼んだのは、立場上身動きが取れない自分の代わりに連中を止めてくれと、場合によっては武力行使をもってでもと、そういうことなんじゃないかなー。
 
 そんな僕の推測を、シミラ卿はしかし頭を振って答えた。
 
「いや、半分当たりで半分違う。連中に追いつくまではいいとして、そこからだ」
「ふむ?」
「ソウマとジンダイ殿には連中と争う形で、私と一芝居打っていただきたいのだ。Sランク冒険者に相当する実力者が3人、本気で撃ち合えば嫌でも騎士団の動きは止まる。その上で私が敗れ、そちら側に"マーテルには手出し無用"とでも言ってもらえれば今後、国としてもマーテル追跡には二の脚を踏むと思われる」
「……茶番で騎士団と、その後ろにいるエウリデ政府をも脅しつける、かあ」
「自身の敗北を前提とする策でござるか。中々捨て身でござるなー」
 
 サクラさんが呆れの混じった表情と声色でシミラ卿に言う。いや実際その通りで、半分自爆行為めいたやり方を提示してきてるね、彼女。
 現状、求心力やカリスマはなくともシミラ・サクレード・ワルンフォルースはエウリデ連合王国最強の戦力だ。なんせ先代が冒険者になってとんずらこいたもんだから、それまで騎士団の中で二番目の実力者だった彼女がそのままトップ戦力になるわけなんだよねー。
 
 そんな彼女が任務の途中、冒険者に負ける。それはすなわち国そのものの威厳や威光を大きく損なう緊急事態だ。
 それをもってして、彼女は国を止めるつもりなんだ。マーテルはすでに冒険者だ、深追いすればシミラ卿以上の戦力を保持する集団が敵に回るぞって。
 自身の首が飛ぶことさえ覚悟してるね、これは……冒険者に負けるような騎士団長を、エウリデは許しはしないだろうし。