叫ぶように名を呼ぶ。化物との取っ組み合いの中、唐突に指名されてシアンさんもサクラさんも一瞬、身体を硬直させたみたいだけど本当に一瞬だ、すぐに再起動して距離を取りながら僕を見てきた。
 さっきからも見て分かる通り、今、主に戦っているのは僕だけだ。サクラさんはカタナがないし、シアンさんはそもそも戦力としては数えられない。悪いけどね。

 だけど、それがイコール二人にできることがないっていうことに繋がってるわけでもない。
 今この状況、だからこそ彼女達にしか任せられないことがあるんだ。僕は続けて言った。

「2人は、地下に行ってシミラ卿の保護を! 今空いた大穴から多分、ショートカットできる!」
「ソウマくん!? でもあなたは──」
「武器がなくてもまともに戦えるのは僕だけだ、ここは僕がやる! ……杭打ちなんて呼ばれる前は、素手でモンスターを殴り飛ばしてきたんだよ。それこそ赤ちゃんの頃からねー」

 赤ちゃんは言い過ぎてる──そもそも物心付いてないから覚えてもいないし──んだけど、まあそこはリップサービスってことで。化物を素手で殴りつけながら笑う。
 本来の僕は杭打ちくんさえ使わない、完全な徒手での戦闘スタイルだった。それで少なくとも5歳くらいから数年、ダンジョンのモンスターを殴り殺して喰らい殺して生きてきたんだ。

 分かるかい? 神様。
 つまりは今これこそが僕のオリジン、ソウマになる前の名も無い幼児が、それでも無数の屍を積み上げるに至っていた業だよ!

「っ!!」
『ウァァアアッ!?』
「す、すごい……」
「ハハ……素手で、殴り飛ばしてるでござる……」

 自分の何倍、何十倍もあるサイズと相応の重量を、僕は無造作に右拳で殴りつけた。途端、ぶっ飛ばされる化物。
 あわよくばぶつけて殺せないかなって、国王のほうに仕向けてみたんだけどさすがに距離が足りないや。自分で開けた床の穴にギリギリ落ちない程度のところに叩き落され、化物はにわかに驚いたみたいだった。

 同時に後ろの仲間達からも驚きの吐息が漏れる。へへん、どうよ僕ならこんなもんさ!
 ……だから、ここは僕に任せて行ってほしい。願いを込めて告げる。
 
「ここは適材適所だ、2人がシミラ卿を助けて、その間僕はコイツを足止めっていうか仕留める。どう?」
「……いけるでござるか?」
「いけなきゃこんな提案してない、よっ!!」

 サクラさんの確認に軽く応えて、僕は地を駆け天へ飛んだ。大穴を超えて、倒れ伏した化物へ追撃を仕掛けるのさ。
 拳を勢いよく振り上げていく僕の耳に、サクラさんの決意の声が聞こえた。
 
「シアン、行くでござる。この場にて拙者らがすべきはここにはあらず、地下牢にこそあれば」
「…………っ、ソウマくん、どうか無事の帰りを! お気をつけて!」
「2人もね! あとリューゼに鉢合わせたらよろしく言っといてー!」

 そう、ここに来た本来の目的であるところの、シミラ卿救出。本当はもっと穏便な形で進められれば良かったんだけど、ことこうなればもう、僕が暴れてる間に二人に行ってもらうしか目がない。
 下手するとリューゼが先行してるまでありえるしねー。3人揃ってこんなところで足止めは食ってられないんだよー。

 そんな僕の意を汲んでくれて、空いた大穴から飛び降りていくシアンさんとサクラさん。見た感じ相当深くまで続いているから、地下牢までは相当な短縮になるだろう。
 うまいこと救出できれば良い、その間に僕は、この化物をどうにかするさ。

 化物は未だ一切ダメージを受けた様子でもなく、ただ困惑したように僕を見ている。
 攻撃を受け止められ、あまつさえ反撃までされたのは始めてだったりするのかな? 神様とやらも戸惑うことがあるんだね、初めて知ったよ。
 向き合う僕と化物。それを見ていたエウリデ王が、不愉快げに鼻を鳴らした。
 
「供物は多ければ多いほど良いものを……未だに足掻くか、愚か者め」
「愚か者はお前だよー……どこでこんなもん拾ってきたのか知らないけど、これが神様? 馬鹿言うな、邪神だってもうちょい可愛げがあるだろうさ」
『ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「可愛げがないからこその神である。古今、反逆者に微笑む神などいたためしはない」

 傲然と嘯く国王。こいつ……偉そうにしてくれて、まったく。
 まるで神さえ下に見る物言いだ。実際にこの化物をうまく制御できてはいるみたいだから、思い上がるのも無理はないのかもしれないけど。

 渾身の力で化物を殴りつける。一撃、二撃、三撃。
 泥のような体毛で覆われた黒い影は衝撃こそ通るものの、ダメージを受けた様子はやはりない。
 内心で歯噛みしつつも、僕はエウリデ王へと叫んだ。
 
「じゃあこいつはっ!!」
『ヴァッ!?』
「────こいつは、反逆者じゃなきゃ微笑むことがあるって? なんでも壊すしかできなさそうなこんな、出来の悪いモンスターもどきが?」
「微笑むとも……今まさに、余へと微笑みかけてくれている。余に逆らう者すべてを食らってくれるのだ、これぞ微笑みであろう」
 
 くつくつと喉を鳴らす。エウリデ王の嘲笑は瞳に狂気をも纏い、もはや狂信的としか言いようのない惨い笑顔だった。