向かい合う僕とリューゼリア。お互い全力で放つ威圧が、地下19階をフロアごと激しく揺るがしている。
 この分だと直上直下の階層も結構揺れてるかもねー。たまたま居合わせてる冒険者がいたならごめんよ、これが世界トップクラス同士の睨み合いなんだ。

 新世界旅団の理想、シアン・フォン・エーデルライトの目指す偉業を讃える僕に、リューゼリアはいかにも胡散臭そうな、騙されている憐れなものを見るような目を向けている。
 分からなくもないけどね。この3年で、僕の目も少しは人を見る目がついているのさ。そしてその目が言っている──プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"こそ次なる時代の担い手だって、ね。

「かつて調査戦隊でさえ夢見なかった絵空事を、うちの仲間達は揃って夢見ている。痛快だ」
「……それで、こっち側は捨てるってかい」
「それはそっち次第。少なくともシアン団長はそんなつもりでもないみたいだけどね」
 
 厳密にはモニカ教授が発端だけど、まあどちらにしたって構わない。シアン団長は献策を受けて、調査戦隊の元メンバーをできる限り取り込むことに決めているんだ。
 新世界旅団にとって調査戦隊は、受け継ぐべき過去であって否定すべきものではない。それを示すためにも、団長は今、目の前にいる巨人めいた体格と風格の女だって勧誘するんだろうさ。

 ていうか、なんともはや白々しいこと言うね、リューゼ。
 3年前には見られなかった彼女の一面、狡猾な部分に触れて僕はつい頬を緩めた。怪訝そうに眉をひそめる戦慄の群狼リーダーを生温い目で見据えながらも、告げる。

「それに、捨てるだって? 僕が身内? よく言うよ暴れたがりが。お前も今の僕よりそちらのミシェルさん、戦慄の群狼のほうが身内だろう?」
「!」
「思ってもないことを口にしてまでサクラさんを挑発したのは、今ここで新世界旅団相手にマウント取ろうって腹だろう。僕とサクラさんさえ潰してしまえば、新米冒険者の団長なんて武力でどうとでもできるしな」

 僕の言葉にリューゼリアは、軽く目を見開いて黙りこくった。
 そう。3年前とは明確に違う点だから驚きなんだけど……彼女、これまでの荒くれぶりはおそらく演技だ。別に僕のことを身内と思ってもいなければ、サクラさん相手に本気でキレてたりもしない。

 あくまで新世界旅団相手に、自分や戦慄の群狼のほうが格上だと示したくてあえて喧嘩を売ってるんだろうねー……
 僕とサクラさんにモニカ教授がいるパーティーだ、警戒した挙げ句に"じゃあさっさと格の違いを見せてやれば良い"くらいに思ったって不思議じゃないよー。

 ただし、それを行ったのがリューゼってあたりが個人的にはひどく驚きだ。
 3年前の彼女にこんなことを考えて実行するなんてできなかったろう。良くも悪くも単純で、とにかくまっすぐ行くのが心情だったんだからね。

 半ば感心して見やれば、さっきまであんなに殺気立ってたやつがほら、まるで水面のように静かに見ている。
 マジで、今ここで趨勢を決する腹積もりだったんだねー。

「……」
「この3年でずいぶん腹芸を捏ねくるようになったじゃないか、カミナソールでの革命家ごっこがよっぽど楽しかったのかな?」
「…………ふっ、ふっふふふふっふははははは!!」

 僕の皮肉に、リューゼリアはやがて高らかに笑い始めた。楽しくて楽しくて堪らないと、迷宮中に響き渡るような轟く大声だ。
 ザンバー地面に刺し、腹を抱えて笑う。殺気も消えて闘志も消えた、これは……ひとまず引き分けで終いってところかな? まあここからいきなり大技をぶっ放してくる可能性もなくはないから、レジェンダリーセブンってのは怖いんだけどねー。

 サクラさんも警戒を解かないままカタナを構えているね。こちらはさすがヒノモトの人、さらに容赦がなくて殺気も殺意もそのままだ。
 そんなこちらを見ながら笑い、リューゼはやがて笑いを収めて笑顔のまま、話しかけてくる。
 友好的だけどどこか薄ら寒い、牙を研ぎ澄ませているような笑顔だ。

「アァ、アァ。久しぶりだが楽しいぜぇソウマァ」
「…………」
「3年前とは違ってオレもちったぁ知恵がついた。テメェの言ってることもまぁまぁ理解出来らぁ……ハァ、今は終いだ、互いに引いとけェソウマ、サクラ・ジンダイ」
「当時は何一つ聞かずにうるせぇ、黙れで終わりだったもんねー……サクラさん、一旦停戦で」
 
 完全に戦意を消して、近くの岩に腰掛けるリューゼリア。ミシェルさんが恐る恐る近づいてきている。間違いなく戦闘終了だね。
 僕もサクラさんにカタナを納めるようお願いした。当然僕らはあいつを信じきれるわけじゃないから注意しながらの対応になるけど、ひとまずは話し合いに移行できそうだからねー。

「ン……承知」
 
 サクラさんも戦い時は過ぎたことを察して矛を収める。
 はあ、やれやれだよー。いきなり襲ってきていきなりやーめた、なんてリューゼリアめ。
 ちょっとは小賢しくなったけど本質的にはやっぱり暴君なんだよねー。ため息を吐く僕を、やはりかつての同胞は笑って見ているのだった。