モンスターの返り血がべっとりついた、帽子やマントを水で濡らしたタオルで拭く。ちょっとの部分だけでもタオルが真紅に染まる程度には、僕も血塗れだったみたいだ。
レオンくんやヤミくんとは異なり、僕は一切脱衣しないまま血を落としていた。
スラム出身の冒険者"杭打ち"が実は子供だってのは結構知ってる人もいたりするからそこまではいいんだけど、さすがに第一総合学園は1年3組のソウマ・グンダリくん15歳だというところまでバレちゃうと割と面倒なことになるからね。
代表的なところではやはり、オーランドくんだろうか……あとリンダ先輩。
そうでなくともスラム出身への風当たりは残念ながら強いのが現実だし、人の良さそうなレオンくんだってどんな反応をするのか分からないし。
別に、スラム出身だから嫌いって言うならそれはそれで一つの考え方だから仕方ないんだけど、なんか排斥してこようとする人もたまにいるからなー。
そんな揉め方するくらいなら黙って何も言わず、正体不明の冒険者として生きていったほうがずっといいと思うんだよね。
ことなかれ主義サイコー。
「……………………」
「杭打ち……さすがに脱いだらどうだ? その、もし顔を見られたくないとかならあっち向いとくからよ」
「僕らと違って血を浴びてる部分が少ないけど、それでも着たまま拭くのは大変でしょ。あ、僕手伝うよ杭打ちさん」
そういった諸事情から頑なに服を脱がずに血を拭う僕を見かねてか、レオンくんは気を遣って提案してくれる。
ヤミくんに至ってはいくつか用意していたタオルを手に取り、甲斐甲斐しくも僕の身体を拭き始めてくれるほどだ。やさしー。
「んしょ、んしょ……杭打ちさん、あの鉄の塊のほうも拭くの?」
「…………表面だけ。内部にまで入り込んでたら、メンテナンスに回す」
帽子やマントの血を概ね拭いながら尋ねてくるヤミくんは、近くにおいてある杭打ちくん3号に視線を向けている。アレも結構血塗れだしね、気になるよねー。
メンテナンス……自分でやらないこともないけど、表面や杭の掃除とかレバーに油を差すとか簡単なものがほとんどで、バネがどうとか、内部に仕込んであるあれやこれやについては専門家に任せることにしている。
そう、つまりはこの杭打機を造ってくれた、開発者の人のところだね。
その人は僕の通う迷宮都市第一総合学園で教授をやっている。
なんかよく分からないけど浪漫を大切にしているらしく、実用性より見栄えと伊達と酔狂を優先した兵器を開発するのが趣味というちょっと面白い人だ。
廃材品の杭を片手に勝手に迷宮に潜っていた幼い頃の僕を見出したのもその人で、学園での僕の私生活を援助してくれてもいるので完全に恩人だね。まったく頭が下がらないよ。
「……こちらでやる。大丈夫」
「そう? 杭打ちさんには命を助けてもらったんだから、できることならなんでも手伝うよ。いつでも言ってほしい」
「…………ありがとう、ヤミくん」
いい子だー。ほんといい子だよヤミくんー。
10歳でこれはマジですごい、こんな思いやりは同じ年齢の頃の僕には欠片もなかった。なんなら感情だってなかった。爪の垢を煎じて飲みたいくらいだよー。
感動しつつも僕は、ある程度身綺麗になった帽子とマントを軽く叩いて次、杭打機にべっとりついた血を拭う。こっちは大雑把だ、どうせメンテの際に外装部も洗浄消毒するからね。
レオンくんも鎧や剣の血を落としてるけど、まあどうしたって汚れは残る。ちょっと赤黒いムラができた装備品を見て、彼は肩を落としていた。
「はぁ、最近買ったばっかなんだけどな、これ……ま、冒険者やってりゃ仕方ないか。あんまり小綺麗だと、それはそれで迫力ってやつがないしな」
「そういうものなの? 綺麗なほうがいいと思うけど」
「切った張ったが日常の仕事で、あんまり清潔なままだと"こいつ仕事してないんじゃないのか"とか"あんまり経験がないんじゃないか"とか疑われるからなあ。世の中、なんでも綺麗にしてたらいいってわけでもないってことだな」
「へぇ……杭打ちさん的にもそうなの?」
今まで長いこと寝てたみたいだし、当然ながら冒険者という職業について疎いヤミくんの質問がこっちに来た。まあ、レオンくんの言ってることは概ね正しいよねと頷く。
迷宮に潜るにしろ、町の治安を守るにしろ大草原で薬草採取だの溝浚いだの要人警護だのするにしろ、冒険者は肉体労働だもの。そりゃ汚れたり傷ついたりはするよ。
特にモンスターとの戦いなんてのはほぼ日常茶飯事と言っていいし、そんなだから今回みたく返り血を浴びて真っ赤っ赤、なんてこともある。
それを汚いからって一々神経質に洗ったり、毎度装備を買い直してたりなんてとてもやってられないからね。
何よりレオンくんの言うように、血で汚れてるってのはイコールそれだけ経験を積んでいるってことでもあるし。
実力を誇示したい冒険者の中にはわざとモンスターの血を浴びたりする人もいるほどだ。まあ、そこまで行くと逆にバカ扱いされるけどね。
とにかく、清潔さってのが必ずしもいい扱いをされる界隈でもないってのが冒険者という業種なわけだねー。
あ、もちろん単純に無精からの不潔や不衛生なんてのは問題視されるよー。僕にはまだ縁遠いけど、高ランク冒険者なんてのはイメージ商売なところもあるからねー。
「…………歴戦感を演出するのも大事」
「だろー? まあ、理解できないかもだけどさ、ヤミ。そういう世界もあるってことさ」
「へえ……興味深いや。教えてくれてありがとうね、二人とも」
端的にレオンくんを肯定した僕に、ヤミくんは感嘆の吐息を漏らした。ヒカリちゃんもだけど、何も知らない分からないはるかな未来に二人ぼっちなんだ。いろんなことを知っていかないとね。
しきりに感心する少年を、なんだか優しい目で見る。そうしつつも身を浄め終えた僕達は、立ち上がって女性陣と合流するのだった。
レオンくんやヤミくんとは異なり、僕は一切脱衣しないまま血を落としていた。
スラム出身の冒険者"杭打ち"が実は子供だってのは結構知ってる人もいたりするからそこまではいいんだけど、さすがに第一総合学園は1年3組のソウマ・グンダリくん15歳だというところまでバレちゃうと割と面倒なことになるからね。
代表的なところではやはり、オーランドくんだろうか……あとリンダ先輩。
そうでなくともスラム出身への風当たりは残念ながら強いのが現実だし、人の良さそうなレオンくんだってどんな反応をするのか分からないし。
別に、スラム出身だから嫌いって言うならそれはそれで一つの考え方だから仕方ないんだけど、なんか排斥してこようとする人もたまにいるからなー。
そんな揉め方するくらいなら黙って何も言わず、正体不明の冒険者として生きていったほうがずっといいと思うんだよね。
ことなかれ主義サイコー。
「……………………」
「杭打ち……さすがに脱いだらどうだ? その、もし顔を見られたくないとかならあっち向いとくからよ」
「僕らと違って血を浴びてる部分が少ないけど、それでも着たまま拭くのは大変でしょ。あ、僕手伝うよ杭打ちさん」
そういった諸事情から頑なに服を脱がずに血を拭う僕を見かねてか、レオンくんは気を遣って提案してくれる。
ヤミくんに至ってはいくつか用意していたタオルを手に取り、甲斐甲斐しくも僕の身体を拭き始めてくれるほどだ。やさしー。
「んしょ、んしょ……杭打ちさん、あの鉄の塊のほうも拭くの?」
「…………表面だけ。内部にまで入り込んでたら、メンテナンスに回す」
帽子やマントの血を概ね拭いながら尋ねてくるヤミくんは、近くにおいてある杭打ちくん3号に視線を向けている。アレも結構血塗れだしね、気になるよねー。
メンテナンス……自分でやらないこともないけど、表面や杭の掃除とかレバーに油を差すとか簡単なものがほとんどで、バネがどうとか、内部に仕込んであるあれやこれやについては専門家に任せることにしている。
そう、つまりはこの杭打機を造ってくれた、開発者の人のところだね。
その人は僕の通う迷宮都市第一総合学園で教授をやっている。
なんかよく分からないけど浪漫を大切にしているらしく、実用性より見栄えと伊達と酔狂を優先した兵器を開発するのが趣味というちょっと面白い人だ。
廃材品の杭を片手に勝手に迷宮に潜っていた幼い頃の僕を見出したのもその人で、学園での僕の私生活を援助してくれてもいるので完全に恩人だね。まったく頭が下がらないよ。
「……こちらでやる。大丈夫」
「そう? 杭打ちさんには命を助けてもらったんだから、できることならなんでも手伝うよ。いつでも言ってほしい」
「…………ありがとう、ヤミくん」
いい子だー。ほんといい子だよヤミくんー。
10歳でこれはマジですごい、こんな思いやりは同じ年齢の頃の僕には欠片もなかった。なんなら感情だってなかった。爪の垢を煎じて飲みたいくらいだよー。
感動しつつも僕は、ある程度身綺麗になった帽子とマントを軽く叩いて次、杭打機にべっとりついた血を拭う。こっちは大雑把だ、どうせメンテの際に外装部も洗浄消毒するからね。
レオンくんも鎧や剣の血を落としてるけど、まあどうしたって汚れは残る。ちょっと赤黒いムラができた装備品を見て、彼は肩を落としていた。
「はぁ、最近買ったばっかなんだけどな、これ……ま、冒険者やってりゃ仕方ないか。あんまり小綺麗だと、それはそれで迫力ってやつがないしな」
「そういうものなの? 綺麗なほうがいいと思うけど」
「切った張ったが日常の仕事で、あんまり清潔なままだと"こいつ仕事してないんじゃないのか"とか"あんまり経験がないんじゃないか"とか疑われるからなあ。世の中、なんでも綺麗にしてたらいいってわけでもないってことだな」
「へぇ……杭打ちさん的にもそうなの?」
今まで長いこと寝てたみたいだし、当然ながら冒険者という職業について疎いヤミくんの質問がこっちに来た。まあ、レオンくんの言ってることは概ね正しいよねと頷く。
迷宮に潜るにしろ、町の治安を守るにしろ大草原で薬草採取だの溝浚いだの要人警護だのするにしろ、冒険者は肉体労働だもの。そりゃ汚れたり傷ついたりはするよ。
特にモンスターとの戦いなんてのはほぼ日常茶飯事と言っていいし、そんなだから今回みたく返り血を浴びて真っ赤っ赤、なんてこともある。
それを汚いからって一々神経質に洗ったり、毎度装備を買い直してたりなんてとてもやってられないからね。
何よりレオンくんの言うように、血で汚れてるってのはイコールそれだけ経験を積んでいるってことでもあるし。
実力を誇示したい冒険者の中にはわざとモンスターの血を浴びたりする人もいるほどだ。まあ、そこまで行くと逆にバカ扱いされるけどね。
とにかく、清潔さってのが必ずしもいい扱いをされる界隈でもないってのが冒険者という業種なわけだねー。
あ、もちろん単純に無精からの不潔や不衛生なんてのは問題視されるよー。僕にはまだ縁遠いけど、高ランク冒険者なんてのはイメージ商売なところもあるからねー。
「…………歴戦感を演出するのも大事」
「だろー? まあ、理解できないかもだけどさ、ヤミ。そういう世界もあるってことさ」
「へえ……興味深いや。教えてくれてありがとうね、二人とも」
端的にレオンくんを肯定した僕に、ヤミくんは感嘆の吐息を漏らした。ヒカリちゃんもだけど、何も知らない分からないはるかな未来に二人ぼっちなんだ。いろんなことを知っていかないとね。
しきりに感心する少年を、なんだか優しい目で見る。そうしつつも身を浄め終えた僕達は、立ち上がって女性陣と合流するのだった。