冒険者達からの情報でさらにある程度、ミシェルさんのいる階層が絞り込めそうだ。
 下手したらレオンくん達のほうに近い位置にいるかもだけど、それならそれで彼らが確保してくれるならそれで良い。

 大事なのはとにかく彼女を早期に交渉の場に立たせること。そしてリューゼリアへのメッセンジャーになってもらうことだからねー。
 大きく前進した感触に、僕は情報提供者達に感謝の言葉を述べた。

「ありがとう、助かるよ」
「そなたらもしも、件の冒険者を見かけたらギルド長のところに行くよう伝えてもらえるでござるか?」
「おう、そりゃ良いが……なんだ、大事か?」
「まあぼちぼちね」
 
 別に隠すような話じゃないけど、変に歪曲された噂が広まっても困るから黙っておく。どうせそのうち、いやでも分かることになるだろうしねー。
 シミラ卿処刑に向けて冒険者ギルドが動いてるのは確定だし、そこに新世界旅団が独自の目的で動くってのも近々分かると思う。

 でもさらに加えて、リューゼリア・ラウドプラウズの率いる戦慄の群狼が殴り込んで来るかもーなんてのはさすがに想像できないかもねー。
 下手したら大乱戦になるかもしれない処刑阻止当日のことを思いつつ、僕らはその場を立ち去った。気持ち急ぎ足で上階を登って行く。

「んー。もしかして10階までにいたりするのかなー?」
「可能性は大いにあるでござるね。得物の習熟目当てでの冒険なら、余裕を持って戦えるところでやるでござろうし」
「憧れ優先でザンバーを選んだ割に慎重派なところはあったね……あり得るか」

 ミシェルさんとは一度きり、少しの間だけの交流だったけど仮にも矛を交えた仲だもの、ある程度分かってるところはある。
 基本的な姿勢は保守的、かつ慎重派ながら意外に芯はロマンチスト。尊敬するリューゼの使い古しを、それまでの自身のスタイルを投げ捨ててでも継承したがるというはっちゃけたがりの真面目屋さん。
 そんなところだと見えるねー。

 だから、彼女が仮に迷宮に潜るとするなら現時点では10階にも満たない浅層まで……ってのはありえちゃうんだよねー。
 ロマンチストな一面からザンバーでの冒険を選び、けれど慎重派ゆえに素手でも攻略できそうな階層までに留めておく。
 無謀になりすぎないところまでで冒険しようってのは、理屈としては分からなくもないんだよー。

 となると地下42階層はさすがに深すぎたかな? って感じだけど、まあ念のためだしね。
 今言ったミシェルさん像もあくまで僕の所感に過ぎないから、それを鵜呑みにしすぎるのも良くないし。

 でも冒険者達の情報からおそらくはもっと上層のほうにいるっぽいのが分かってきたから、僕の考えがそれなりに信憑性を帯びてきたってわけだねー。

「もうちょいペースあげるでござるかあ」
「だねー」
 
 となればいっそ、一気に上層まで詰めちゃおうかな。
 そう思ってスピードを上げる。途中で感知した冒険者達の気配は当然の追いながら、だからトップスピードではないけどそれでもとんでもない速度での逆戻りだ。

 地下40階、地下35階、地下30階、地下25階。
 テンポよく進んで地下20回も突破し、19階まで登ってきたそのあたりだった。
 誰かと誰かが大きな声で言い合うのを、僕とサクラさんの耳は拾い上げた。

『────! ────!?』
『────!!』
「おー?」
「なんか聞こえるでござるなあ」

 これまでにない事態だ、冒険者同士で喧嘩? 普通はないんだけどね、迷宮内で。
 響いてくる声の高さからしておそらくは女の人が二人ってとこかなー。近づいていくにつれて明瞭に聞こえてくる言い合い。

 お互い怒ってるとか対立してるとかではないみたいだけど、困惑? 戸惑い? の感じが強いね、片方は。
 もう片方はなんだろ、からかいっぽいというか──面白がってる風に聞こえる声だよー。
 
「全員置いて一足に来たなんて、無茶ですよ!?」
「カテェこと抜かすな、ミシェル! 楽しい楽しい祭りの前夜だ、ちぃとくれぇ早駆けしたって良いだろがヨォ!!」
「良くないですって!?」
「────は?」

 と、不意に聞き覚えがある声だと気づいて動きが止まる。そろそろ言い合う二人の姿が見えてきた、遠くからでも分かる風体に硬直したところもある。
 片方は探していたミシェルさんだ。地下19階まで降りていたのか。たしかにこのくらいの深さならザンバーででも余裕を持って戦えるだろうし、その判断は慎重派の面目躍如だよー。

 いや。そこじゃない。僕は頭を振った。
 問題はもう一人だ。ミシェルさんの倍近くはあるんじゃないかって規格外の背の高さ。そしてそれと同じだけの大きさのザンバーをもう一振り。
 見覚えがある。ありすぎる。愕然と立ち止まる僕。サクラさんが怪訝に尋ねてきた。

「ソウマ殿?」
「これじゃ私がなんのために斥候を務めたのか分からなく──?」
「オメェさんの斥候なんざ方便だってんだよ、孤児院行けて嬉しかったろがィ──って、おん?」

 言い合いしていた二人が同時に、僕らに気づいて振り向いてくる。間違いなくミシェルさんと、間違いなくもう一人。
 いるはずのない女がここにいた。

 なんで──
 啞然と、愕然と呆然と僕は叫ぶ。かつて仲間だった彼女を、そして今、問題の渦中にいる彼女の名前を。
 
「…………リューゼリア!?」