冒険者の本質──すなわち権威権勢に噛みつきたくてしようがない狂犬としての有り様を説かれて、それでもガルシアさんは憎悪の眼差しで僕へと吠えた。
 調査戦隊にいたはずなのに、ここまで冒険者に対する理解がズレているのはなんでだろうねー、と不思議に思うけど、まあ十中八九はレイアに理由があるんだとは推測できるよー。

 調査戦隊リーダーとしてレイアは、ただ偉そうなものに噛み付いているだけではいけないって分かっていた。
 だから政治的な部分でもよく活動していたし、時には王族や貴族に阿る判断を下すことだって少なくはなかったんだ。

 まあそれでも一般的には大分、反抗的なほうだったと思うけどねー。一回彼女に権威を笠にセクハラしようとした貴族が半殺しに遭ったのを思い出すよ。
 あの時は調査戦隊がみんなして王城を取り囲んだっけなー。慌てた王がすぐさま下手人の貴族を罰して事なきを得たけど、あそこで僕らを突っぱねていたらその時点でエウリデは歴史上の存在だったのかもしれないね。

 ともあれそういう、大人しいいい子ちゃんだったレイアに首ったけだったこの人は、その姿だけを覚えているってことだろう。
 あるいは他の冒険者の狼藉を健気にも止めて受け止める可憐なレイアリーダー、くらいに思ってるのかも。割とあいつのほうから焚き付ける事案もあったりしたんだけど、そこはいわゆる恋は盲目ってやつかなー。
 うう、僕も気をつけないとー。

「狂っている! 偉そうなら噛みつくだと、それはお前のようなまともな生まれ育ちをしていないケダモノだけの異常だ! ケダモノ風情が、いつまで冒険者の、いいや人間のフリなどしている!」
「それなら拙者もケダモノでござるなあー」
「ひっ!?」

 僕の生まれを論ってくるガルシアさん。これをたとえばシアンさんとかに言われたらその場で轟沈しちゃうくらいの精神的ダメージを負っただろうけど、殴られてビビってるこの人が負け惜しみで言ってきたんじゃ大した話でもないねー。
 でもサクラさんはすぐさまその暴言に反応してくれた。口調こそ軽いけど冷え切った目でガルシアさんを見下し、納刀したままのカタナの鞘で倒れる彼の目の前に突きつけたのだ。

 喉から引き攣った声を上げてガルシアさんが後ずさる。あんまりやるとどっちが悪者なんだか分からなくなりそうだけど、この際別に悪者でもいいや。
 咳き込みながら恐怖と困惑、そして憎悪に彼の顔が歪む。そしてまた、懲りずに叫んできたよー。
 
「な、何をする女っ!? 俺を誰だと思っている!!」
「何って、誰って。冒険者としてアホのボンボンをしばきあげてるだけでござるが」
「なん、だと……!?」
「こーゆーのも冒険者の醍醐味でござるからなあ。舐めたお偉方だかそんなつもりでいるだけの輩に牙を突き立てる──極上の霜降り肉に齧り付くような悦楽でござるよ、ござござ」

 ニヤリと笑う彼女は凄絶なまでに綺麗だよー。野性味全開というか、それこそ飢えた獣のように嗜虐を込めた眼差しでガルシアさんを見るサクラさん。
 極上のお肉を食べるような感覚……僕としてはそんなのは感じたことないけど、王城の壁を杭打ちくんでぶち抜いたりしたらさぞかしスカッとするだろうなーってたまに妄想するので、そういうのに近い感覚なのかもしれないねー。

 近くで、呆れつつもシアンさんが足を組んだ。サクラさんへの視線は柔らかいけど、一方ガルシアさんへ向けた眼差しはもはやモンスター相手と変わりない険しさだ。
 団員に関する悪評を撒かれ、そのことを指摘しても謝罪がないばかりか追加で暴言まで吐く始末。生徒会長として公明正大を掲げる彼女からすると、相当に許せない人みたいだねー。
 軽口を叩いてサクラさんに応えつつも、ガルシアさんに告げる。

「Sランクともなると表現が独特ね……さておき、私も冒険者としてこの男を懲らしめるべきかしら? エーデルライトの者として、新世界旅団団長としてソウマくんへの侮辱は断じて聞き入れられないけれど」
「っSランク!? それにエーデルライトだと……! 仮にも 冒険者が、仮にも貴族がケダモノ相手に擦り寄るのか!! に、人間としての誇りはないのか!!」
「うわあー……」
「……調査戦隊の汚点とはこの男のことを言うのね、きっと」
 
 ある意味すごいよこの人、躊躇なくエーデルライト家のご令嬢に暴言吐いたよー。仮にもも何も、サクラさんはれっきとしたSランク冒険者でシアンさんは大貴族エーデルライト家の令嬢なのにねー。

 ここまで来るといっそ筋が通ってるまであるよー。気に食わなかったら誰相手でも噛みつくあたり、冒険者の素養はあるのかもねー、裏のだけど。
 ロマンを追い求める心や冒険に挑戦する精神性を表の冒険者性とするなら、偉そうなものには噛みつくし権威権勢には楯突くって精神性は裏の冒険者性だ。

 僕らは別に偉くもなんともないけど、この人からすれば偉そうに見えるだろうから噛みつき相手としてはちょうどいいわけだねー。
 意外と元調査戦隊メンバーらしいところを見ちゃってなんだか複雑だ。この人自身には自覚とか、ないんだろうけどねー。