勢いよく蹴り破られたドア。そして中に入ってきたのは、メルルークのおじさんに引き止められるのを完全に無視する男だ。
 長身──羨ましいほどの長身に加えて整った顔立ち。モニカ教授に似たクールな澄まし顔で、普通にめっちゃイケメンだ。
 
 まあ態度は終わってるんだけどねー。
 その男の人、ガルシア・メルルークは室内を見渡すなり鼻を鳴らして嘲った。
 
「なるほど? クズガキと、ソレに丸め込まれたバカ女どもが勢揃いか」
「いきなりなんでござるかこいつ。ぶっ殺していいでござる?」
「さすがにもう少し待ってもらえると助かるかな? ジンダイさん」
 
 殺すのは確定なんだ……怖いよー。静かにカタナに手を添えるサクラさんとそんな彼女に笑いかけるモニカ教授を横目にしつつ、僕は立ち上がる。
 いつにも増して口が悪い。少なくとも調査戦隊時にはこんな口の利き方はしてなかったってくらい荒っぽい、ワルの口調で僕をにらみつける彼を見据える。
 
 今の態度で大体分かりきってたことが確定したよー、リンダ先輩にふざけたことを吹き込んだのはこの人だ。
 何してくれてるんだかね。バカ女扱いされた女性陣から怒りが立ち上るのを追い風みたいに思いつつ、僕は彼に言った。
 
「……どうも。デマを垂れ流した馬鹿がこの家にいるとお聞きしまして。話を聞いているとあなたがやったと思われるんですが」
「デマ? なんの話だ、俺はたまたま愚妹に教えを請うてきた女学生相手に少しばかり雑談していただけだが? その中になんらか噂話があったとして、それを真に受けたどこぞのガキが勝手に暴走しただけだろう、俺は悪くない」
「そんな物言いが通ると思っているんですか?」
「通らなかったらなんとする気だ?」

 ふん、と鼻で笑ってガルシアさん。いつもこんな調子ではあるんだけど、今回は本当に笑い事では済まされないんだけどねー……
 何より僕に向けて明確に、これまで隠してきていただろう憎悪をむき出しにしているのが嫌でも分かる。この人、本気だよ。

 はあ、とため息を一つ。おじさんとおばさんが、悔やんでもくやみきれないと俯いて歯を食いしばっている。
 反面モニカ教授はニヤニヤ笑っているねー。たぶんこの後の成り行きまで完全に読み切ってるんだとは思うけど、この人はこの人で怖いよねー。
 ゾッとするような底冷えする目で見やる妹には気付けずに、兄はなおも嘲笑して僕に告げる。
 
「暴力でも振るうか、杭でも打つか? 話題の冒険者"杭打ち"が。新世界旅団が! 冒険者でもない俺に、今や貴族階級でもあるメルルーク家の長兄であるこの俺に! 暴力を振るうのかぁっ!?」
「……必要とあれば振るいますよ。僕はそういうのお構いなしなので」
「無様な負け惜しみだな! 暴力を振るった時点でお前の負けなんだぞ。冒険者"杭打ち"はなんの罪もない人間に対して平然と暴力を振るう危険人物だと分かれば、エウリデは今度こそ貴様をこの世から排除しにかかるぞ!!」

 ガルシアさんの勝ち誇った笑みに、少しばかり得心する。なるほど、そういう理屈でここまで強気でいられるのか、この人。
 冒険者でもなく、メルルーク家の長兄であり、となればたしかにある種の貴族階級でもある。その辺は事実だねー。そしてそうした身分と、僕がお国から危険人物扱いされているのを見越してこんなこと言ってくるわけだ。

 あくまで自分は雑談しただけ。その中にたまたま冒険者"杭打ち"に関する噂話が入っていて、リンダ先輩はそれを鵜呑みにして暴走しただけ、と。
 そんな論法まで用いて、僕が殴ったら国からも世間からも評判がガタ落ちするのを期待しているんだろうねー。そして自分はやりたい放題言いたい放題って寸法か。

 珍しく頭を使ってきたみたいだけどガルシアさん、一言でいうと甘いよー。

「そうなればお前のようなクズを引き取ったなんとかいうパーティーもおしまいだ! かつてのようにお前を過度に甘やかした調査戦隊中枢メンバーももういない! どうする? それでも俺を殴れるというのか!!」
「殴れますけどー」
「は──がぐふぅっ!?」

 ドヤ顔でいい加減、鬱陶しくなってきた彼の額に軽くだけどデコピンを放つ。
 元より調査戦隊にいた頃から戦闘要員じゃなかったこの人は、当然解散後も大した武術も納めていないみたいで何も反応できないでいる。
 そうなると当然、その後の何発かも含めてモロにくらうわけだねー。

 1発目が当たると同時に衝撃で後ろにバランスを崩すガルシアさんをさらに追うようにステップで接近。
 たかがデコピンでも僕のは特別製だ、まあまあ衝撃があるだろう。大きくのけ反るその姿を見て、すかさず2発目を放つ……速度と狙い最優先、加減も結構した普通のデコピン。

 2回も同じ場所にデコピンを受けてはどうしようもない。
 今度こそガルシアさんは床の上、モニカ教授の足元に倒れ伏した。