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 前半十五分、スコアは依然として一対〇だった。しかし、始まってすぐのブラムの好プレーによって、流れは完全にホワイトフォードにあった。
 左のライン際、ボールを持つ遥香に敵が寄せていく。
 身体を揺らしてフェイントを掛けた遥香は、中に切り込んだ。「ケント!」と、中央の桐畑に、速いパスを転がす。
 遥香のキックの瞬間に周りを見ていた桐畑は、さもシュートするかのように走り込む。桐畑をマークする2番は、阻止すべく前に回った。
 しかし桐畑は、両足の間を通してボールに触れずに、後ろのエドに流す。
「ナイス判断! やっべ、大チャンスじゃん!」
 緊張感ゼロで喚いたエドが、助走を取って右足で打つ。
 勢いはあったが、シュートはコースが悪かった。キーパーがキャッチし、ゆっくりと前方を見回す。
「エドー! 枠には飛んでるけど、そこまで回り込んで打てる場面、あんまりないよー! 左足でも打てるように、練習をしてかないとねー!」
 遥香の明朗な大声に、「了解! 努力しまーす」と、エドが似た調子で返した。
 試合中の遥香は完全に、演技を捨てていた。
 自陣へとすばやく引く桐畑は、じんわりと満足感を感じ始めた。
(さっきのスルーは、日本にいた時にはできなかったよな。オフサイドが厳しいこの時代のルールで練習してきたから、視野が、前だけじゃなくて横にも広がったってわけかよ。ちょっと変わったサッカーも、捨てたもんじゃねえ、か)
「フォーメーション、変更! 1―3―6!」
 相手のベンチからの嗄れた声が、唐突に聞こえた。
すると、フルバックの位置にいた2番が前へと移動し、右のセンター・フォワードの位置に収まった。
「ディフェンス陣! 2番に注意!」
 片手でメガホンを作ったブラムが、きびきびと叫んだ。間髪を入れずに、キーパーが手に持ったボールを大きく蹴り出す。
 高く上がったボールに、2番が向かう。と同時に、他の選手が疾走を開始。ホワイトフォードの守備を惹きつける。
 落下点には敵の2番と、ホワイトフォードの3番がいた。手で激しくやり合って、同時に跳ぶ。
 難なく競り勝った2番は、首を引いてボールを斜め下に落とした。ゴールに背を向けたまま足の裏でボールを転がし、3番の股を抜く。
 もう一枚のディフェンスがスライディング。しかし2番は、爪先で軽くボールを浮かせて躱した。
 2番はボールの最高点で、身体を寝かせたジャンピング・シュートを放った。ゴールの左隅へとシュートは飛ぶ。だがキーパーが、横っ飛びで弾く。
 ほぼ真上に向かったボールを、瞬時に起き上がったキーパーが捕まえた。ホワイトフォードの、ゴール・キック。
「ナイス、キーパー! 良い反応、良い反応ー! 2番はちょっと怖いけど、集中していけば充分、抑えられるよー! 自信を持ってやっていこー!」
 遥香の快活の励ましも、焦り始める桐畑には空元気にしか聞こえなかった。