13

 五分弱が経過した。スコアは、〇対〇のままだった。
 チームAの4番がスライディングで敵の速攻を阻んだ。タッチラインを割ったボールをすばやく拾い上げ、前のスペースを探す。
 4番と桐畑の目が合った。すると4番は、右手に持ち替えたボールを肩の後ろまで引いた。凄い形相で、全力のオーバー・スローを行う。
(スローインが片手投げOKなんだもんな。もはやこれ、別のスポーツだろ。大会に勝ちゃあ日本に帰れるかもしれないってたって、なーんかやる気が出ねえよな)
 冷めた思いの桐畑だったが、とりあえずボールを追う。敵陣には人が少なく、カウンターのチャンスだった。
 右足で止めた桐畑は、前方に目を移す。遥香が、手を上げてパスを要求していた。
 マーカーの3番は、遥香の外側にいた。さらに奥には、平行の位置にいる敵の選手が、中に絞ろうとしている。
 得点のイメージを得た桐畑は内巻きのパス。キーパーと遥香の間を目掛けて転がす。
(文句なしだろ。ま、大して難しいキックじゃないがよ。トラップしてキーパーを躱せりゃ、先制点。どうにかしてみろ、サッカー・エリート、朝波さんよ)
 他人事のように考えていると、遥香がボールに詰め寄った。自分の左側へのドリブルを予想したのか、キーパーが左寄りのポジションを取る。
 だが、遥香はボールをスルー。自らはキーパーの左手側に走り込み、右手側、誰にも触れられずに流れていくボールに全速力で向かう。
 追い付いた遥香は、止めずにイン・サイドでシュート。無人のゴールに、ボールが吸い込まれた。一対〇。
 喜ぶ素振りもなく引いていく遥香を見詰めながら、桐畑は舌を巻く思いだった。
(ドリブレ・ダ・バッカ、か。ボールの勢い、マーカーの動き、オフサイドのルールまで計算に入れた、完璧な立ち回りじゃねえか。始まってからずっと、勝ち目のないボディ・コンタクトはひらひら避けて巧みにボールをコントロールしてやがるし。まったく、ナショナル・トレセン殿は違うぜ)
 選手たちは、各々の定位置へと戻った。乗り切れない桐畑の耳に高い笛の音が聞こえてきて、ゲームが再び動き出す。