矢島くんが、おかしい?
──『莉緒ちゃん、ちょっとおかしいよ』
そんなわけない。
みんなの需要の中心にいる矢島くんが、私と同じなわけがない。
「最近、転生モノ流行ってんじゃん。主人公が前世の記憶を生かして大業を成し遂げたりするやつ」
「え? うん……」
脈絡なくそんなことを言われ、つい勢いのまま頷いてしまう。
「俺、自分も転生してんじゃないかって疑うくらい昔から出来が良かったんだよ。と言っても勉強ができるとかじゃなくてさ、なんていうの、物事を常に俯瞰してる感じ。すべてのことに、この程度だよなっていう見切りをつけてて、喜怒哀楽なく結果をただ受け入れる感じね」
二重に縁取られた切れ長の瞳が伏せられ、影が落ちる。
「そういうのって大人からしたら怖いんだよな。常に俯瞰してるせいでさ、生憎、大人の目に自分がどう映るかみたいなのもわかっちゃうわけ。で、だから気味悪がられない範囲の回答だったり態度だったりをこちらは用意するわけだけど、それってもはや俺っていう人間はどこって感じじゃん」
ペットボトルの残りの水を面倒くさそうに飲み干してから、矢島くんは続けた。
「勉強にもスポーツにも映画にもアニメにも、女にも男にもセックスにも他の娯楽にもぜーんぶ興味湧かない、どれ試してみても、あーそういう感じね、で終わった。こうなると、相手が大人に限らず同級生に合わせるのもえぐい体力使う、使ってた、でも今はもうプログラミングされたみたいに勝手にリアクションが出てくんの、相手に丁度いいリアクションが考えずとも自動的に。俺は自分を表すもの、なーんも持ってない」
言葉が発せられるたびに追いかけて、噛み砕いて、彼が話していることの内容は理解できたけれど、肝心の彼と結びつかない。
みんなの需要の中心にいる彼と、彼の話している彼が結びつかない。