間に合うわけもなく、コインはかがみ込んだ矢島くんの指先に綺麗に収まった。



「はい、どうぞ」

「あり……がとう」


「どういたしまして、檻先生」

「え……あの、名前」

「お客さんのが聞こえちゃった」



矢島くんがくすっと笑った直後、私たちの間に誰かが入り込んできたかと思えば、モモさんだった。


「この人、なんか檻せんせーの作品の男の子に似てますね!?」


彼女は、まじまじと矢島くんを見つめてそう言った。
胸の左側が先ほどより激しく揺れる。
そんなつもりはなかったけれど、記憶をたどれば、思い当たるフシがあった。私はしばらく、思考という概念を失った。



「似てる? 俺がですか」

「似てるっていうか解釈一致って感じです。怪異に魅入られて、ぐちゃぐちゃにされちゃうタイプの美少年! 見てください、このページとか!」

「……、へー、よくわかんないけど、まじか。やば、ちょっと興奮する」


相変わらず熱のこもらない声を、どこか遠くで聞いている感覚。

時間、戻って。
鈍い頭で考えられるのはそれだけだった。



──そのあとの記憶はぼんやりとしている。

あれから数名のお客さんが来てくれた。ラストに部数を数えたら8。どうやら7部売れたらしい。私にしては大盛況だ。

嬉しい気持ちを抱えながらも、脳内ではモモさんと矢島くんの会話が何度も何度も繰り返される。


──『似てる? 俺がですか』

──『似てるっていうか解釈一致って感じです。怪異に魅入られて、ぐちゃぐちゃにされちゃうタイプの美少年!』