ああ、ほらね。
やっぱり矢島くんは需要の中心にいる人だ。マイナーな趣味の中にいても、そこにいる人すべての好みをもぎ取っていくんだ。
いいな。羨ましい。純粋にそう思った。
人気があることじゃなく、自分が描くものと大勢の人の好みが一致していることが。
私も、みんなが好きなものを好きになりたかった。
みんなが好きなものを好きで、それを描いて、ただ楽しいという気持ちだけで漫画を描くことができたら、どんなに幸せだろう。
足元にやけに重力を感じる。自分のブースだけが下へ下へと沈んでいく気がする。
そんなとき、底抜けに明るい声が耳に飛び込んできた。
「檻せんせーっ、新刊一部ください!」
立っていたのは、私が出展するイベントに毎回欠かさず来てくれる女性で、名前はモモさん。
その顔を見た瞬間、私の世界はぱっと色を取り戻す。
「モモさん、今回も来てくださって本当にありがとうございます……!」
「とーぜんですよお、あたし檻せんせーの新刊買うために生きてる女ですから! はいっ、これが差し入れで〜、こっちはファンレター! それから新刊代です!」
一気に渡され、両手が塞がった状態でお代の500円玉を受け取ろうとしたのがだめだった。
案の定、コインが指先をかすめて、床に落っこちた。
「ぎゃーっ、檻せんせーごめんなさい!」
「いえっ、私のほうこそ荷物をおろしてから受け取るべきでした!」
隣のブースにに向かってコロコロ転がるそれを慌てて追いかける。まずい。そっちは。