考えてみれば当たり前だ。
矢島くんは、私が描いているモノを知らない。

即売会はまだ開場前で、出展者が各ブースで設営の準備をしている真っ只中。
私が自分のテーブルにクロスを広げたタイミングで、彼が気だるそうに隣のブースにやってきた。つい数秒前のハナシである。


ということは、矢島くんも出展者。
漫画を、描いている? 彼が?

まさか、の3文字が頭に浮かんだ。


矢島くんをひとことで表せば、クラスで無双している男の子、だ。

とにかく“綺麗”という表現がしっくりくる。すっきりとした容姿、すらりと高い身長、線の細い身体。
圧倒的な美しさというよりは、無駄がないという意味での綺麗さに近い。

そしてクラスの中心メンバーに属している。いや、中心メンバーに属しているのではなく、中心メンバーが彼を自分たちのモノにしようと一生懸命囲っている印象だ。これは私の見解にすぎないけれど。

そうやって毎分毎秒、大勢の視線を奪っている矢島くんと、ニッチな需要で成り立っているこの同人誌即売会の会場が、どうしても頭の中で結びつかなかった。



矢島くんも、漫画描くの?

うっかり零れそうになり、慌てて口をつぐむ。尋ねれば、こちらも自分のことを教えなくてはいけなくなってしまう。