「やば。こーいうの興奮する」


その声は、会場の喧騒を清々しいほどに無視して私の耳に飛び込んできた。

一拍遅れて、胸の左側が大げさに反応する。

さらに一拍遅れて首から上が熱を持ち、手のひらと背中には冷たい汗が滲んだ。暑さと寒さの入り混じった奇妙な感覚が焦りを助長させていく。


見られた。知られた。

まずいまずいまずい。5秒前に戻ってお願い。彼と視線がぶつかる5秒前に。どうしよう、どうやったら戻れるんだっけ。

なんて、非科学的な方向に逃げかけた意識をぎりぎりのところで引き戻して、私はようやく、あっと驚いた表情をつくった。


「えっと、もしかして矢島(やしま)……くん? だよね」


“もしかして”と3点リーダー2個分くらいの絶妙な間と疑問符を駆使して、あくまでこちらは“今”気づきましたよ、風を装う。

クラスメイト相手にこれは、さすがに白々しすぎたかもしれないけれど、いいのだ。矢島くんだって悪い。目が合った瞬間、挨拶もなしに『やば、こーいうの興奮する』だもん。しばしフリーズして当たり前である。



「同人誌即売会でクラスの子に会うとか、まさに同人誌的展開じゃんね、熱いわ」


と、大して熱のこもらないトーンで話す矢島くんは、教室で見る普段の彼とまったく印象が変わらない。


“やば、こーいうの興奮する”という発言の指すところを理解して、ひとまず深い安堵を覚えた。

───よかった。
私が描いているモノに対しての“やばい”じゃなくて。