◇  ◇  ◇

「流架、行ってきます」
『気をつけてね』

「今日で終わりだから大丈夫」

流架に挨拶をして、私は学校に足を進めた。

今日は高校の卒業式。今日で私がいじめられるのも最後。

天馬くんと友達になって世界が変わった。同じ仲間といろんなことを語れた。自分が一番好きなことを話せるのって、こんなにも素敵なことなんだなって学んだ。友達っていいね。

天馬くんとは今日を最後に会うことはないだろう。私は別の県の大学に天馬くんは地元の大学に春から通うことが決まっている。

昨日までも当然、私はいじめにあっていたのだが、今日は私にとっても特別な日。最後くらいは私らしく生きたい。

だから私は卒業式で改めてクラスの人に私がフィクトセクシュアルであることをカミングアウトする。伝わるかはわからない。もしかしたら理解してもらえないかも。

散々私を虐めてきた人に今更、私の声が届くかはわからないけれど……。胸を張って「フィクトセクシュアルは実際に存在します」って言いたい。

せっかくの卒業式なんだから、後悔なく卒業したほうが私自身もスッキリするし。フィクトセクシュアルは恥ずかしいことじゃないんだよ……って、伝えたい。

もしかしたらクラスには言えてないだけで、私と同じ人がいるかもしれない。

「クズ咲。あんたはどうせ大学でもいじめられるんだからね」

「おはよう」

「っ……なによ、挨拶なんかしちゃって」
「アンタ、ウチらが怖くないわけ?」

「怖いよ。本当は毎日学校に来るときも足がすくんで動かない時がある。けど、今日だけは負けないから」

「は?」
「負けないってウチらに暴力をふるうつもり?」

どの口が言っているのか。殴る蹴るだけが暴力だと思ったら、それは間違い。言葉の暴力だって十分相手を傷つけるんだよ。

私だっていっぱい傷ついてきた。時には死にたくなるような、言葉のナイフを突きつけられたこともあった。

けれど私が死んだら流架が悲しむ。それに今では天馬くんだって私にとっては大事な人だ。
友達が死んだら天馬くんだって泣くだろう。

私は流架や天馬くんを泣かせたくない。だから、こうして学校に来ているんだ。私にとって教室は窮屈な場所だったけど、それでも頑張れる。

恋人と友達がいれば、どんなに辛いことだって乗り越えよう、戦ってみようって、勇気が出るんだ。

「違うよ。私は貴方たちに伝えたいだけ」
「はぁ?ウチら、あんたの話なんか聞く気ないけど」

「知ってるよ。でも、私が聞いてほしいから話すの」

昨日の朝、今日の卒業式について担任から説明があった。なんでも体育館で卒業式を終えたあと、教室に戻り、一人ずつクラスメイトに別れの挨拶をするらしい。

今日だけは意地悪な担任に感謝しよう。これなら嫌でも私の話を聞くだろうから。流架、天馬くん、見ててね。私、頑張るから……。

「意味わかんない。まっ、クズ咲の話を聞く連中なんかろくな奴じゃないと思うけど精々頑張れば?」
「応援してくれてありがとう」

私は嫌味を褒め言葉として受け取った。

「……!バッカじゃない」

イジメっ子たちは鼻をならして、私の前から去っていった。

そして、体育館での卒業式が始まった。校長先生の長いお話。在校生と卒業生代表による答辞。それから歌を歌った。まわりを見ると泣いてる人が多かった。

私にとってはキツく、苦しい三年間だった。ほとんどの記憶はいじめられていた思い出ばかりだ。修学旅行もボッチだったし、体育祭も文化祭もボッチでご飯を食べ、一人で寂しく参加した。

けれど、天馬くんと友達になってからは楽しかった。流架の話もいっぱい出来たし。それは、ほんの数ヶ月だったけど、私には有意義な時間だった。これが皆が味わっている青春なんだなって、そんな青春を体験できた。

卒業式は少し長く感じたけれど、無事に終わり、私たちは各クラスの教室へと戻った。

「今日で皆さんともお別れです。そこで最後に一人ずつクラスメイトに挨拶をして今日という最高の日を終わりたいと思います」

「……」

担任がそういうと、席の右端から順に皆に別れの挨拶をした。「お世話になりました」「仲良くしてくれてありがとう」単調の挨拶になっているのは、今日で最後ということで別れを惜しむ生徒が泣いているからだ。

涙で前も見えないくらい泣いていて、まともに話すどころじゃないから。そんな私はというと今か今かと自分の番を待っていた。

「次、夢咲真白さん」
「はい」

「……」

私の名前が呼ばれると、あたりが沈黙に包まれる。クラスの半分以上が私のことを虐め、私のことを嫌っているから、私の話など聞きたくもないんだろう。

現にいじめのリーダー格の女の子には「話を聞く気はない」と、さっき言われたばかりだし。
それでも私は伝えたい。

「みんな、長くなるかもしれないけど、私の話を最後まで聞いてください」

「めんど〜」
「早くしてよー」

外野の雑音はうるさいけれど、私は無視して続けることにした。

「私は架空のキャラクターに恋をし、現実にいるかのように会話しています。リアルの人に恋をしたり、惹かれたことは一度だってありません」

「また、その話かよ」
「つまんねぇから早く終わらせろー!」

「今日で私のつまらない話も終わりだから。お願いだから聞いてほしい」

「チッ。仕方ねぇなー」
「俺は聞かねぇから!」

耳を傾けてくれる人、私がいくら説得しても聞く耳を持たない人、色んな人がいた。一人でもいい。私の話を聞いて。

「そんな私はフィクトセクシュアルです。これは私の妄想ではなく、実際にフィクトセクシュアルは存在します。私のように打ち明けるのは勇気がいるし、自分がフィクトセクシュアルで悩んでる人もいます。
だけど現代において、今は多種多様な時代。いきなり差別し、否定から入るのはおかしいのではないでしょうか?私たちフィクトセクシュアルは人を殺したことはないし、誰にも迷惑をかけていません」

「……」

あたりが静かになった。私は自分の言葉で相手に伝わるように言葉を続けた。

「フィクトセクシュアルが理解されないのも十分わかってます。だけど、私は架空のキャラクターと付き合い、恋人同士が当たり前にすることを私もしています。皆さんが現実で恋人を作り、愛し合うのと同じです。皆さんだって自分の恋人をバカにされたら怒るはずです。
私たちフィクトセクシュアルは皆さんと何も変わりません。だから、どうか私の恋人をバカにしたり、ひどい言葉をかけるのはやめてください。……以上です」

「夢咲さんの話は終わりです。それでは次の人……」

◇  ◇  ◇

私の話を聞いて、一体、何人が理解してくれただろう。それはわからない。クラス全員の挨拶が終わり、各々に解散したあと、私はある場所へと足を運んだ。そう、屋上だ。

解散する前、「アンタとは一生わかりあえない!」とイジメっ子たちから言われてしまった。が、一部では「今まで理解出来なくてごめんね」と私のいじめを見て見ぬふりしていた子たちに謝罪された。

ほんの一部でもいい。最初の一歩は進めたはずだ。否定される覚悟で、改めてフィクトセクシュアルの話をしたかいがあった。

……誰かの心に響かせることは言葉は言えただろうか。


「真白、遅かったね」
「ちょっと、ね。天馬くん、卒業おめでとう」

「うん。真白も卒業おめでとう」
「ありがとう」

「春からは僕たちも大学生だね」
「そうだね。流架より年を取っちゃうの嫌だなぁ」

「リアルではそうかもしれないけど、真白の理想郷では流架くんと同い年だろ?」
「そうだよ」

私の理想郷ではその名の通り、私の理想が全て詰まっている。私は流架と共に歳をとって、流架と共に人生を終える。

「真白」
「ん?」

「この前の短編、優秀賞だったんだって?おめでとう」
「ありがとう。っていっても、アンソロになったりするわけじゃないんだけど」

「それでも凄いよ。流架くんにも褒めてもらったんだろ」
「そりゃあね。流架は私の王子様だから、いっぱい褒めてくれたよ」

この前の短編コンテストで私の作品は最優秀賞の次に凄い優秀賞に選ばれた。賞金が出たり、本になったりはしない。商品券が千円もらえる程度だ。

けれど、実績は一つできた。正直嬉しくてたまらない。だけど、ここで満足してはいけない。私はもっともっと上を目指すんだ。

流架との理想郷を叶えるため、いつか作家デビューしてみせる。夢は諦めなければいつか絶対に叶うから。

「そういう天馬くんこそ、友達にフィクトセクシュアルのこと話したんだって?」
「うん。せっかくの卒業式だし、最後の思い出にね」

「結果はどうだった?」
「ルルたんを紹介したらロリコン野郎って一喝されて終わりだったよ」

「そっか」
「でも……」

「ん?」
「後悔はしてない」

「私もクラスで改めてフィクトセクシュアルについて話しちゃった。説得というよりお説教みたいになっちゃったけど」
「いいんじゃない?真白の言葉で伝えられたんだから」

「そうだね……」

私がどうだったか、天馬くんは聞かなかった。きっと私の声のトーンでわかったのだろう。

フィクトセクシュアル。それは架空のキャラクターに恋をし、実際にいるかのように会話をする。中には夜の営みを想像したり、実際にキャラクターとする人もいる。

リアルの人に恋をしないし、惹かれもしない。が、中には既婚者だったり子供がいるフィクトセクシュアルも存在する。

フィクトセクシュアルにもさまざまな人がいる。キャラクターとキスもしないし手を繋がない人もいれば、私のように流架とイチャイチャする人もいる。

私は今後一切、リアルの人に惹かれることはない。私にとって流架が運命の人だから。それは胸を張ってそう言える。

「最後だし、ルルたんの話を聞いてもらおうかな」
「私も流架の話を聞いてほしい」

私たちは、いつものようにお互いに好きな人の話をして盛り上がった。天馬くんとは連絡先を交換していない。いつかまたどこかで出会えるって信じてるから。

次に会った時はまた天馬くんと楽しい話をいっぱいしたい。天馬くんは私にとって大事な友達だから。

私たちのフィクトセクシュアルという心の病は現状、理解されるのが難しい。けれど、たった一人でいいのだ。たった一人でも理解し、共感してくれる同じ仲間がいれば、それだけで私は心強い。

私は天馬くんを一人の男の子として好きにはなれない。天馬くんも私を一人の女の子として好きになれない。それでもいいじゃないか。

フィクトセクシュアルだって一つの個性。

誰かを好きになって、誰かと付き合うのは個人の自由じゃないか。私たちは縛られない。

今後、誰かに強制され、リアルの人間を好きになれと言われても、なるつもりもない。

私は私。天馬くんは天馬くん。お互いに架空のキャラクターを愛し続け、その決意と覚悟は決して揺らぐことはないだろう。だが、私たちにとっては架空のキャラクターなんかではない。

恋人なんだ。世界で一番好きな人。

いつか伝わるといいな。理解されるといいな。そんな願いを空に託し、私たちは歩き出す。お互いに好きな人と一緒に、素敵な未来を掴むために。

完。