それから私は一日を屋上で過ごした。

サボってしまった……。今までは、いじめられても何食わぬ顔で授業を受けていたのに。

堅苦しい学校なため、受験が終わった生徒も一般生徒と共に授業を受けるのが決まりだ。よその学校は受験から解放されれば自由登校って聞いた。私もそれが良かった。そしたら、こんな窮屈で苦しい教室に行かなくて済むのに。

深いため息をついたあと、私はバイトに向かった。さすがにバイトはサボれない。
私が働くのは普通の喫茶店。店長や同じバイト仲間とは良好な関係だ。今のところは。

私がフィクトセクシュアルであることを話せば、きっと引いてしまうのだろう。

以前、小説を書いてることを話しただけでも、「厨二病っぽい〜」「もっと今どきの高校生らしいことすれば?」とバイト仲間に馬鹿にされたことがある。我慢出来るくらいの言葉だったので私はグッと怒りを押し殺した。

今どきってなに?そんなの、貴方には関係ないじゃない。私は好きで小説を書いてるの。それの何が悪いっていうの?正直、言い返したかった。だが、バイトでも仲間外れにされるとバイトに居ずらくなると思い、私は好きなことを語るのをやめた。

私は聞き役に回った。相槌もほどほどにした。すると、まわりからは「空気の読める高校生」という認識に変わった。

学校でも社会でも私のような変わった人は駄目なのだと、そう学んだ。だからこそ自分を殺し、まわりに合わせる。そうすれば、はみ出さないし、イジメに遭うこともない。

学校では失敗してしまい、もう手遅れだけれど……。バイト先では、これからもこのスタンスでいこうと思っている。

21時。喫茶店の閉店と共に私はバイトを上がり、帰路に着いた。

「ただいま、流架」

私はベッドにダイブし、抱き枕を抱きしめた。

流架というのは私の恋人の名前だ。一条流架。高校三年生。銀髪に赤い目。

流架の正体は人間とヴァンパイアのハーフ。人間界でもヴァンパイアの世界でも差別されイジメを受けていたのだが、持ち前の明るさと強さでイジメっ子に勝ち、今ではサッカー部のキャプテンをしている。私は流架に憧れている。私はイジメっ子に勝てるどころか逃げているというのに……。

私は流架と違って弱いな。

「ねぇ流架。私、今日も学校頑張ったんだよ」

今日は屋上で一日を過ごしたけど、そのお陰で小説は進んだんだ。昨日は書けなかったけど今日は書けた。

『真白、今日も頑張ったね。執筆もお疲れ様』
「えへへ。ありがとう」

流架に頭を撫でられた。流架に褒められちゃった。流架は毎日サッカー部で頑張ってるから、私も頑張らなくちゃ。私は家に帰宅すると毎日のように流架と話をする。

部屋中には流架のポスターが貼ってあり、ベッドには抱き枕、勉強机にはアクリルキーホルダーやぬいぐるみなどが綺麗に置いてある。これだけ見れば、ただのオタクの女の子。けれど、私は流架が実際に隣にいるかのように会話している。

異様な光景だろう。まわりからしたら認識できるのは、一人の女の子が独り言を言ってるようにしか見えないのだから。でも、私からしたら異様でも変な光景でもない。

これは私にとって当たり前な、何の変哲もない普通の日常。私には流架の声が聞こえるし、会話だって出来るの。

流架はイケメンなんだよ。イケメンな恋人を持って、私は幸せ者だよ。本当は皆に見せつけたいし、自慢もしたい。あ、でも、もし流架のことを本気で好きになる人がいたら、私がヤキモチ妬いちゃうから、さっきのはやっぱり無し。

流架と同じ学校だったら、どんなに良かったか。私が流架の世界線にいってやろうとも考えたことはあった。けれど、それは解釈違いのため、すぐやめた。私のいる世界に流架がいるってだけで嬉しいから、それでいい。

「早く流架のことを話せる友達がほしいよ」
『俺は真白と居られるだけで十分幸せだよ』
「私だってそうだけど……」

流架は優しい。どんな時だって私の相談に乗ってくれるし、決して私を責めたりしない。

『真白ならきっと出来るよ。もし心から信頼できる友達が出来たら紹介してよ』
「もちろんだよ。その時は流架の紹介だってするし、流架の登場してるアニメ回を何回も見せたりするよ!」

『楽しみにしてるよ』
「私も楽しみにしてる」

いつかはわからない、出来るかもわからない友達。でも、流架が出来るって言うんだから、きっと出来るよね?

「流架、そういえばね……」
『どうしたの?』

「この前の短編コンテスト、また落ちちゃった」
『そっか……』

「私の努力って足りてないのかな?」
『そんなことない。真白は頑張ってるよ』

「ありがとう」

毎月行われている短編コンテストに私は毎回出している。だが、選ばれたことは一度だってない。これで落ちたのは10回連続。その姉妹サイトにも応募したことはあるのだが、そちらも連続五回は落ちている。

わかっているんだ。落ちる人のほうが多いってことも、選ばれるのが難しいってことも。でも、これだけ落ちると私には才能がないのかな?って思ってしまう。

単書やアンソロジーデビューを決まった人はみんな口を揃えて、「今回は運とタイミングが良かったんです」って言ってくる。たしかに運とタイミングも重要かもだけど、私は努力した人が必ず報われるっていうのを信じてる。

そりゃあ努力だけじゃなんとかならないのも今まで痛いほど経験してきた。長編だって大きなコンテストには必ず参加するようにしている。それでも結果は惨敗。過去の長編に書籍の声がかかると期待して、早二年。

筆を折ろうかと考えた時期も、作家になることを諦めたことも、スランプになりかけたことだってある。けれど、流架が隣にいるなら私は毎日だって頑張れる。

学校とバイトの両立で毎日執筆することは難しいけれど、それでも私なりに努力を続けてるつもりだ。一人ならスランプになってしばらく書けなくなる……なんてこともあったかもしれない。けれど、私には流架がいる。
流架との理想郷に色をつけるためにも私は頑張らないといけない。

目を瞑ると、そこにあるのは大きな御屋敷と外にはたくさんの花が咲いている。屋敷には私や流架、リアルでは存在しないお兄ちゃんや私が過去に寿命を減らしてまで作った小説の登場人物たちがいる。けれど、花には一切の色がない。それは私が作家デビューをすれば色がつく。

屋敷はもちろんリアルに存在しているわけではないが、私の中では存在しているのだ。理想郷の世界で大好きな流架や登場人物たちと幸せに暮らす。それが私の本当の夢。死にたいわけじゃない。自傷行為をしているわけでも、病んでいるわけでもない。これが私の幸せの形だから。

これはきっとフィクトセクシュアルは関係なく、私自身が作り出した夢。小学生の頃、作家になりたいと思ったときは理想郷を作るなんて夢は持っていなかった。だが、流架と出会い、暮らしていくうちに、理想郷を作りたいと思うようになった。

おかしな話かな?頭がイカレてる?私はどんなことを言われたっていい。私がフィクトセクシュアルでも差別せず共感してくれる友達が本当にいるというのなら、私は私だけの理想郷の話もしてみようと思う。

「流架。私、頑張るから。貴方が頑張ってるんだから私も流架を見習って努力する」
『俺は応援しか出来ないけれど、隣でいつも見守ってるから』

昼は別々の学校に通ってるから仕方ないもんね。でもいいの。私は流架が輝ける舞台があるならそこで頑張ってほしい。キラキラ輝いて楽しそうにサッカーをしてる流架が大好きだから。

会えない時間があっても寂しくはない。こうして毎日のように夜に会えるから。いつも隣で流架の頑張りを見てるからこそ、私も小説を頑張ろうって思うんだ。

素敵な関係でしょ?羨ましい?微笑ましいカップルかな?流架はカッコよくて優しくてサッカーしてる姿も素敵なんだよ。
それに恋人の私を一番大切に想ってくれて、私が泣いてる時は励ましてくれて、私が嬉しいときは一緒に笑ってくれるんだ。

普通の、リアルに存在してる恋人と何も変わらないでしょ?これでも理解するのって難しいかな?リアルってそんなに大事?どうして二次元の人と会話をしちゃいけないの?

私の場合、流架は画面からとっくに出てきて私の側にいてくれるから、現実にいる人と何も変わらないんだけど。

強制も無理強いもしない。けれど、馬鹿にするのだけはやめてほしい。ろくに知りもしないで言葉の暴力で私たちを壊そうとしないで。

私も流架も貴方たちと何も変わらない、普通の人間なんだよ?辛い時は泣くし、楽しいときには笑うの。殴られたら痛いし、言葉で傷つけられたら悲しむのは当たり前。

一度でいい。一度でいいから、私の話を聞いて。私たちを理解しようと努力して。私も貴方たちに理解されるように真剣に、わかりやすく話すから。わからないなら何だって答えるから。

貴方たちがはなから私たちを否定したら、私は歩み寄れないの。理解してくれる普通の人に出会わなくてもいい。一度でいいから私と同じフィクトセクシュアルの人に話をしてみたい。出会ってみたい。そしたら私の世界はもっと広がる気がするから。

少なからず、私のような人は世の中にいると思っている。ただ、話すのが怖いとか、自分だけかもしれないという不安があり、自身がフィクトセクシュアルだということを打ち明けられないだけ。

もし、そんな人に出会う機会があれば私は自信を持って、「私は貴方の仲間だよ」って声をかけてあげたい。私が流架と出会って救われたように。

「おやすみ、流架」
『うん、おやすみ』

私は流架におやすみのキスをして、眠りについた。私はその日、夢を見た。私が少し成長して、名前も知らない誰かに流架の話をしている、そんな幸せな夢。