「——おい、聞いてんのか静香」
 
 その声で我に返った私は、立ち上がっていたガラス越しの男を座りながら見上げた。
 
「義手の書類、目を通して記入しとけよ。明日取りに来るから」
「……は? 明日? 明日も来るんですか」
「悪いのか」
「いや、私の話聞いてました? そんな頻繁に来ないでってさっき言いましたよね」
「別に俺の勝手だろ。呼ばれたら出てこい、いいな」
「はあ?」
 
 私が顔を顰めれば、男はなぜだか満足げな表情を浮かべる。
 
「それ。その顔。そうやって悪態つくのがお前なんだから、敬語なんかやめちまえ気色悪い」
 
 なんだそれ。
 
「そういう、人の気持ちに鈍感で傲慢なところとか相変わらずですね。部下にも言われませんか? もしかして、まだ恋人もいなかったりして」
「関係ねえだろ」
「はいはい、別に関係ないですよ」
 
 私も立ち上がれば、刑務官が終了を察して扉を開けた。
 
「じゃあね、兄貴」
 
 去り際にそう呟けば、なぜだかまた涙腺が緩んで。なんだろうこれ、歳かな。
 
「ああ、またな」
 
 閉まる扉の向こうで微かに聞こえた返事に、とうとう涙が溢れる。
 
 ずっと間違えていた。片桐の家は、別に私を拒否したりしなかったのに。勝手に引きこもって人を傷つけ、勝手に兄宛の封筒を開封して。この右手も身体の火傷も全部、元はといえば自分が招いた自業自得だった。

 もし、あの封筒を開けなかったら。前田清玄を脅したりしなければ。私はどんな人生を歩んでいただろう。今よりもっとたくさんの人を傷つけて、その罪に気づくこともなく、ひょっとしたら私も前田清玄のように人を殺していたかもしれない。
 
 雑居房にたどり着くまでの長い廊下。私はその道すがらずっと、己の罪を償えることに感謝した。そうして今度こそ、兄と父に毅然と向き合える自分になる、そう決めたのだ。

 宗胤——彼の罪も全て、背負う覚悟で。