刑務官の案内で、私は黄味がかった白色蛍光灯に照らされた廊下を真っ直ぐに歩いていた。狭い廊下には鉄の戸がいくつも設置されていて、その向こうには孤独がひしめいている。
 
「七〇三番、入室します」
 
 辿り着いた先、刑務官が扉を開ければ、ガラス越しに見えた男に私は思わず顔を伏せた。
 
「調子はどうだ」
 
 私は男の質問には答えないまま、気乗らない素振りで椅子に座る。本当は今すぐにここを去りたいけれど、そういうわけにもいかない。
 
「あの、こうして毎週面会に来るのやめて貰えませんか。特に話すこともないですし、正直迷惑しています。まだあと一年以上刑期があるんです。この先もこれが続くと思うと憂鬱で仕方がない」
「悪かったな。これからは二週に一回に回数を減らすよ」
「いや、そういうことじゃなくて」
 
 気まずい沈黙が数秒。
 男はパイプ椅子に預けていた背中を起こすと、手に持っていた茶封筒の中から何枚か紙を取り出して私の目の前に並べる。
 
「今、右手の義手を用意しているところだ。当然特注になるから、この紙に必要な情報を記入しておけ。来週……いや、再来週また取りに来るから」
「いい加減にしてください」
 
 私はやっと顔を上げて男に視線を合わせた。
 
「嫌がらせですか。記憶が戻ってからも(・・・・・・・・・)あなたに生存を知らせないように計らったこと、怒っているんでしょう」
「別に。目黒さんの判断だ。お前の存在に前田清玄が気づけば、また命を狙われるかもしれない。そういう考えに至ったんだろう。部下の俺はそれをどうこう言う立場にない」
「だったらこの先も、私は今まで通り死んだと思っていては貰えませんか。もうあなたが知る頃の私はいないし、私もあなたのことは忘れたいんです」
「親父が待ってる」
 
 男は私の顔をまっすぐに見つめる。その無愛想な表情に、不覚にも涙腺が緩んだ。
 
「親父にお前が生きていることを伝えたら、それまで毎日ぼうっと過ごしていたのが嘘みたいに外出するようになってな。まだまだ死ねないって頑張って運動しているよ」
 
 ああ。嫌だ。泣くと頬や首の皮膚が突っ張って、痛むのに。
 
「別にお前が会いたくないと言うならそれでも構わない。ただ、お前が生きているだけで活力を取り戻す人間もいるということを伝えたかった。絶望を忘れるのは容易じゃない。だが、塗り変えろ。お前の切り落とされた手首を止血処理して、蘇生を試みた先輩(・・)の行動があったからこそ、お前は今ここで生きているんだ。恨みは飲み込め、前を向け。顔が変わってもお前はお前だ、静香(しずか)
 
 しずか——久しく呼ばれていなかったその名前に、沈めたはずの記憶が浮かび上がる。