そう……紫子あなた、ゆかりだったの。
 私があなたに会ったことは、人生でたったの一度きり。母は、私とあなたが会うことを良しとしなかったから。
 視線を落とした私に構わず、目黒は話を続ける。
 
「この一件で少年院に送られた浅倉さんは、約三年の服役を経て退院。だがその一年後、木村礼人さんという一人の医師が前田清玄に轢き殺される事件の罪を、彼は再び被ることになる。それは何故か」
「いいかげんにして。私は骨髄移植を受けてからも心臓の不調でずっと入退院を繰り返していて、木村礼人なんて人には本当に覚えがない。私には関係のない話よ」

 私は首を傾げて目黒を見つめる。

「ねえ、目黒さん。これからは私の人生を優先してくれるんでしょう? こんな話を続けて、一体私になんのメリットがあるの?」
「メリット?」
 
 私の言葉をオウムのように繰り返した目黒は、嘲笑を鼻に抜いた。
 
「さすが温室で可愛がられた人間には忍耐力がない。浅倉潤も前田清玄も、俺や片桐の教誨(きょうかい)にもう少し耐えられたのですが。そもそも樋井蝶子さん、あなたの骨髄移植は不正に行われたものです。それを聞いて胸が痛みませんか? あなたが生きる為に、そこにいる浅倉潤の母親は理不尽に殺されたんですよ」
「頼んでない。母がやったことよ、私は悪くないわ」
「いいかげんにしろ」
 
 目黒が蹴り押した長椅子がズズリと音をたてて倒れる。
 
「前田清玄が轢き殺した木村礼人さんは、あんたの骨髄移植の手術現場に立ち会っていた。木村さんはその詳細を疑問視したから殺された、そうだろう」
「だから、私は知らない! 何回言わせるの? 前田清玄にもそこにいる浅倉潤にも、三代目鳳蝶として会ったのは母の指示! 十四年前の事件以来行方不明になっていた紫子を探すように言ってきたのも全部、母なの!」
 
 頭に血が上ると、胸が圧迫される感じがして不快だった。喉元が冷えて、瞼の奥が熱くなって、唇がとにかく乾く。
 
「何でもかんでも私のせいにしないでよ。清玄だって、自分の失態の尻拭いのためにその木村って男を殺したんでしょう? 焼肉店でのことだって私は協力してあげただけ。浅倉潤という都合のいい人間がいると聞いて、少し遊んでやろうと思っただけで」
「やはり。あの日焼肉店に居た“黒函莉里”はお前だったんだな、樋井蝶子」
 
 そう声を発したのは片桐だった。
 
 やめてよ、なんなの。頭がおかしくなりそう。私は可哀想なのに、不幸なのに、こんなに苦しんで生きてきたのに! どうしてそんな目で見るの?
 
「入院生活はさぞ暇だったろうな。話す相手もなく、隔離された空間で過ごす日々は余程のストレスだったんだろう。だからお前はSNSにのめり込んだ。家業であるメンタリズムで前田清玄を取り込み、殺人計画を授けた結果、前田清玄は俺の妹を殺す決断を下したんだ。いつもヴェールで顔を隠しているお前と黒函莉里が同一人物だとは思っていなかった」
「だから、なに」
「お前の本当の目的は別にあったんだろ?」
 
 片桐が胸元から取り出したのは三つ折りの紙。
 
「あの日、お前は自分を死んだことにするつもりだったんだ。俺の妹、それから自ら手首を切り落とし、無戸籍である妹になり変わることで自身にかけられた生命保険を不正に受け取ろうとした。治療にかかる莫大な金を工面するためにな。だが予想外なことが起こる。あんたの手首は鑑定の結果、黒函莉里のものであると誤判断されてしまったんだ」
 
 その紙を広げて突き出した片桐は、私を恨みの目そのもので見つめていた。
 
「十四年前に受けた骨髄移植で、あんたの身体の中には今もなお樋井蝶子と黒函莉里、二人分のDNAが共存している」