目黒、新妻、そして片桐。
 集まった刑事たちを前に、私は細く長い息をゆっくり吐いて冷静さを装う。大丈夫、問題ない。こんな状況どうとでもなる。
 私は言われた通りに両手を上げた。そうして(まく)れた袖口から出た人工皮膚の右手を、私は閉じたり開いたりして動かしてみせる。
 
「この右手が、なに?」
「なにって、その手にまつわる六年前のカラクリをようやく解き明かせるって話だ」
「六年前? ああ……本当にその話が好きね、片桐さん。もうこっちはすっかり飽きちゃってるんだけど」
「なら黙って聞いていろ。これから話す真実の中で、どれほどの人間がお前の犠牲になったのか説明してやる」
「いらないわ、くだらない。大体なんなの? あなたたち私を助けたのよね? ややこしい作戦立ててまで、紫子(ゆかりこ)の心臓を私に移植できるように尽力してくれたんじゃなかった? それが今度は追い詰めて、カラクリを解き明かすってどういう趣味してんのよ、気持ち悪い」
「気持ち悪いのはお前ら親子の方だろう。十四年前、浅倉潤の母である黒函莉里(くろはこりり)を殴り殺したのは父親じゃない。お前の母親である二代目鳳蝶(アゲハ)なんだからな」
「……なにを根拠に」
「動機は、黒函莉里がお前の慢性骨髄性白血病を治癒するのに必要なドナーだったから。カルテの施術日は改竄(かいざん)されたんだろうが、お前が骨髄移植を受けた日付は平成二十一年の五月八日だと裏が取れている」
「そんなのどうやって」
「僕が話した」
 
 その言葉と共に勝手口から現れた男を見て、私が一番考えたくなかった可能性が確定事項に変わった。
 
「浅倉、潤……」
「僕に失うものはない。だから話した」
 
 その目は真っ直ぐに私を見たあと、左胸に視線を移す。身体を見透かし心臓を捉えているであろうその行動に、私は心底吐き気を覚えた。こいつ、やはり狂っている。
 
「平成二十一年五月八日。十五になる僕の誕生日に、きみの母親である二代目鳳蝶(アゲハ)は僕のアパートを訪れて母に骨髄移植を迫った。だけど母はそれを拒絶し、嘲笑うように酒を口にしようとしたんだ。怒った二代目鳳蝶は母から酒瓶を取り上げ、その瓶で母の頭を殴った。一撃だった。倒れた母が目を開けたまま、こちらを向いて死んでいる顔は今でも時々夢に出るよ。だけど、悲劇はここからだった」
 
 私に迫り来る浅倉潤に一歩下がるも、背後には公安警察。身動きが取れない。
 
「きみの母親がどこかに電話を掛けると、直ぐにわらわらと外から人がやってきた。白衣を身につけたその人たちは、死んだ母を囲むと身ぐるみを剥いで、それからうつ伏せの母の背中に注射器を差し込んだんだ。吸い取られる赤い液体を何本も何本も注射器に収めて、ことが終わるとあっという間に部屋を去っていった。残されたのは父と僕と、年子の妹」
 
 浅倉潤は本当に全てを明かしていた。なにもかも暴露して終わらせるつもりだと悟る。
 
「ごめんな、って父さんは言ったね。まるで最初からこうなることがわかっていたかのように。拳を握って、それから父さんは震える手で何度も母を殴った。泣きながら死んだ母を痛めつける父さんに、僕はプレゼントのお礼を言った。でも、届かなかった。悔しくて僕も泣いて、思わず顔を伏せてさ。それがいけなかったんだよね」
 
 急に違和感のある口調に変化した浅倉潤の視線は、一直線に私の心臓を見ている。
 
「気づいたら、ゆかりが父さんの背中を包丁で刺していた。泣きながら、やめてって。そしたら父さん、やっと僕たちに気づいてさ。ゆっくり振り返って、なんて言ったか覚えてる? ありがとうって、そう言って笑ったんだ」
 
 なにこいつ。まさか、紫子に向かってしゃべっているの……?
 
「ゆかりがやらなきゃ僕がやっていた。だからこれは僕の罪なんだ。ゆかりが気に病むことなんて何一つなかった。だけど僕はこの十四年、ゆかりを苦しめ続けていたことにやっと気づいた。ゆかりが死んで、やっと気づいたんだよ」
 
 遅くなってごめん、と浅倉潤は私に向かって手を伸ばす。その狂気に、私は近づいてきた手を叩き払った。
 
「なんなの。ゆかり? 妹の名前は紫子でしょ」
「紫子になったんですよ(・・・・・・・)。樋井家に養子に入って、浅倉潤の妹、浅倉ゆかりは樋井紫子(ひのいゆかりこ)と名を変えたんです」

 そう私に答えたのは、目黒だった。