私はすぐに片桐さんへと電話をかけた。
 喫茶店に呼び出された片桐さんは大層不服そうで、スーツのポケットに手を突っ込んだままぶっきらぼうに舌打ちをする。
 
「わざわざ外に呼び出してなんなんだ。署内にいることは分かっているんだから、お前がこっちに来ればいいだろう」
「あれ。敬語やめたんですか」
「お前がやめろと言ったんだろうが」
「やめろとは言ってませんよ、気に障ると言っただけで」
「……無駄話するだけなら俺は帰る」
 
 来て早々席を立った片桐さんに、私は慌ててスマホの画面を提示した。
 
「なんだそれ」
「樋井蝶子さんの電子カルテです」
 
 私はスマホカメラで撮影したカルテを見せながら、木村有里乃から聞いた話をそのまま伝える。すると片桐さんは渋々着席して私を睨みつけた。
 
「樋井蝶子には接見禁止命令が出ていただろう。近頃足繁く例の店にも顔を出しているようだし、何を勝手なことを」
「すみません。でも、どうしても腑に落ちないんです。この事件にはまだ裏がある。全ての事実が明らかになったわけではありません」
「それを明らかにしないという内容の誓約書に、樋井蝶子含めお前や俺はサインをしたよな?」
「それは、そうですけど」
「帰る」
「ちょっと待ってください、片桐さん!」
 
 私の声は閑静な喫茶店に割と響いた。
 辺りを見回し、客の注目が逸れたことを確認すると気持ち小声にする。
 
「このままでいいんですか。目黒さんと浅倉潤は行方不明、黒函莉里は完全黙秘。全部が中途半端なままじゃないですか。警察組織の改革については、まだまだ私の立場が足りないところもあるので今回は諦めます。まあ、イエローデビルで手に入れた情報を元に検挙に至る事件も多々ありますし、警察のメンツが大事なことも理解できますから。トカゲの尻尾切りみたいで気は向きませんけど」
「結局なにが言いたいんだ、お前」
「だから。どうして黒函莉里は自分を死んだことにしなければならなかったのかってことですよ。わざわざ無戸籍である片桐さんの妹さんを利用して、自分の手首まで切断してですよ? ただのサイコパスでした、じゃ筋が通りません」
「いいかげんにしろ新妻」
「そもそも、去年末に自殺した宗胤(しゅういん)という僧侶、彼は元々警察官だったんですよね? どうして記録がデータベースにないんでしょうか」
「新妻!」
 
 今度は、片桐さんの声で喫茶店が静まり返った。
 
「もうやめろ。この事件は終わった、全部忘れるんだ。浅倉潤も、表向きには二月二十九日に死刑が執行されたとメディアにも出ただろう。それでいいんだよ」
「……片桐さん、それでも刑事ですか」
「俺は辞めたいと何度も言っている。それをお前の親父さん(・・・・)が引き止めるから渋々内勤をしているんだ、迷惑なことにな」
 
 片桐さんは私が頼んでいたコーヒーの伝票を手に席を立つ。
 
「この件からはもう手を引け。これが、先輩としての最後の忠告だ。警視長にあまり迷惑をかけるな」
 
 じゃあな、と去っていく片桐さんを目で追う。悔しくて、身の置き場がなくて。私はスマホに撮った樋井蝶子のカルテに目を向けると呟いた。
 
「ふんっ。分かりましたよ」