先輩を発見したのは教琳寺院(きょうりんじいん)の住職だった。だだっ広い部屋の中央、一組み敷かれた布団に包まり、先輩は眠るようにして死んでいた。
 解剖の結果、先輩の死因は服毒による自殺と断定される。ただ、その右手首から先は無惨にも切断されていて、掛け布団を剥いだ下は血の海だった。
 
 霊安室に横たわる先輩を、俺は目黒さんと見下ろす。身体に掛けられた白い布を捲れば、その切断された右腕を見て頭が痛んだ。
 同時に古い記憶が呼び起こされて、記憶の中の俺は燃え盛る妹の身体へと必死に手を伸ばしている。
 
「片桐。大丈夫か」
 
 そう目黒さんに声をかけられ、俺は意識を現実へと引き戻した。
 
「すみません。少し、妹のことを思い出してしまって」
「お前がそう思うのも無理はない。六年前の事件に関わった刑事はみんな思うさ、今回の事件と六年前に浅倉潤(あさくらじゅん)が死刑判決を受けた事件には、何かしらの繋がりがあるんじゃないかって」
 
 手首を切る手口。その行為に、既視感を覚えているのは俺だけではない。
 
「六年前の事件は今考えても相当不可解だった。捜査本部はものの数日で解散。浅倉潤の死刑判決はトントン拍子に決まるし、余罪の捜査や身辺調査には禁止令が出された。お前や俺がいくら、死んだ人間は黒函莉里じゃなく別の人間かもしれないと訴えても、上は取り合ってはくれなかったからな」
「今回、先輩の手首を持ち去った犯人が六年前の事件に関与しているとするならば、黒函莉里はやはり、生きている可能性が」
 
 その時、霊安室の扉がノックされた。目黒さんが応答すると、制服を着た捜査員が失礼しますと声を掛けて扉を開く。
 
「片桐警部宛に外線が」
「誰からだ」
「それが、少々変わった女性でして」
「女性?」
「占いをしたと言うんです、片桐さんの。それで、その……片桐さんの妹さんを見つけた、とか」
 
 瞬時に目黒さんと目を合わせた俺は、霊安室に設置された固定電話の受話器を持ち上げた。
 
「何番だ」
「に、二番です」
 
 叩きつけるように転送のボタンを押すと、俺は目黒さんに視線を合わせたままゆっくり深呼吸する。捜査員が一礼をして部屋を去るのを見届けてから、小さく声を出した。
 
「片桐だ。名前を言え」
「……」
「もしもし。お前は何者かと訊いている」
「東京都青梅市本町四九六番地十一号」
「え?」
「永田公園第二テニスコートそばの垣根を掘り起こしてください。また連絡します」
「あ、おい!」
 
 それだけを言って、電話は一方的に切れた。
 
 電話の相手は誰だったのか。女はなぜ、俺に妹がいることを知っていたのか。俺に妹がいることは、目黒さんはじめ少数の人間にしか明かしていない事実だった。
 占いなんて馬鹿馬鹿しい。でももし、本当に妹を見つけたというのなら。六年前の事件においての俺の推測はあくまで推測の域を出ず、あの日殺されたのは本当に黒函莉里で、妹は別の事件に巻き込まれた可能性だって捨て切れない。
 頭の内側で心臓が脈を打つ。俺は冷静なうちに目黒さんに事情を説明し、目黒さんは俺に捜索の許可を出してくれた。
 
 そうして翌日。
 俺は女が電話で指定したその場所で、
 白骨化した妹の右手を見つけたんだ。