「十六時二十七分。前田清玄、あなたを証拠隠滅未遂及び公務執行妨害で現行犯逮捕します」
 
 そう淡々と告げた新妻さんは拳銃をホルスターにしまうと、代わりに手錠を取り出して僕の両手首を拘束した。唖然とする僕と夕奈を置いて、新妻さんは言葉を続ける。
 
「片桐さん。十七時のタイムリミットまで三十三分、もう時間がありません。今から解析班に回してメールボックス(・・・・・・・)の暗証番号を解いていたら間に合いませんよ」
「分かっている!」
 

 新妻さんからガラケーを受け取った片桐は、焦りを露わにしながら端末を操作している。
 メールボックス? そんなものを確認してどうする。確認したいのはメモ機能じゃないのか。
 僕は拝堂を見回す。木村有里乃は娘を抱き寄せながら不安げな顔で片桐を見守り、その娘は図らずも僕を睨みつけていた。夕奈は僕と同じく事情を飲み込めない様子で、新妻さんはスマホ片手にどこかへ連絡を取っているようだった。
 
「新妻さん、きみは一体」
 
 僕の呟きに横目で気づくと、新妻さんは通話を切って胸元から手帳を取り出し、前に突き出す。
 
「警視庁警備局公安課所属、新妻杏奈(にいつまあんな)警部補です」
「警部補……」
「前田さん。今すぐにガラケーの暗証番号を教えてください。これが、あなたが罪を償える最後のチャンスですよ」
 
 罪を償える? 意味がわからない。
 そもそも僕に償うべき罪なんて存在しない、過去は消えたんだ。
 タイムリミットがなんなのかは分からないが、このまま僕が暗証番号を答えなければ片桐や新妻さんにとってなにか不都合が起きることは明白。
 僕は新妻さんに視線を合わせた。
 
「嫌だと言ったら?」
「人が死にます」
「それが僕の人生に何の関わりがあるの?」
「……はい?」
 
 新妻さんの眉間に皺が寄るのを見て、僕の気持ちに若干の余裕が生まれる。
 
「調べたいならそっちで勝手にやってよ、時間をかければ分かるんでしょう? まあ、そのガラケーの中身が明らかになれば多少なり、僕にも火の粉が飛んでくるだろう。でもそんなもの、どうとでもなる。僕は優秀な弁護士を知っているからね。後のことは弁護士を通して進めさせてもらうよ」
 
 拝堂は時間を止めたように静まり返った。
 片桐は未だガラケー片手に頭を抱え、新妻杏奈は僕を軽蔑の眼差しで見つめる。木村有里乃は諦めたように目を閉じ、娘はそんな母親にしがみついていた。
 
 
 
 
「……浅倉、潤」
 
 そう絞り出すように声を漏らした夕奈に、部屋の皆が振り向く。何かに気づいた様子で顔を上げた夕奈は、まっすぐに片桐を見た。
 
「片桐さん。確かスクリーンに映るこの男の人、浅倉潤っていってたよね」
「そうだが」
「前に清玄が言っていたのを思い出したの。その黄色のガラケーは自分の契約したものではなく、“ジュン”って友人から譲り受けたものだって。わざわざ解約しないで料金を払い続けているのは彼との約束だから、そう言っていて」
 
 僕は夕奈を睨んだ。
 この馬鹿。なにを余計なことを——
 
「その時こうも言われた。ジュンは夕奈のことを(あかね)のような人だと言っていたよ、って」