SNSには様々な人間がいる。この少女のように悪事を働こうと近づいてくる者も居れば、同じ歳頃の少女でも純粋に好意を抱いてくれる者も。現実でないからと語気を強めて講釈を垂れる者も多いし、時々……とんでもない狂気にも触れる。
 
「あれ。その爪どうしたの」
「ああこれ? 前金もらったから気分転換してきた」
 
 一週間後。待ち合わせ場所に現れた少女は、顔の前でひらひらと両手を見せびらかす。その爪はうるさいくらいにギラギラと光っていて、さらには服装も大人っぽく変化していた。
 
「それで。ジュン、だっけ。昔に父親殺して少年院に入ってたっていう。まだ来てないの?」
「うん。もうすぐ来るよ。彼は気の弱い男だから、少し脅せば僕より簡単にお金くれると思うよ」
 
 少女は自身の爪を眺めながら鼻で笑う。
 
「やっぱあんた、狂ってるね」
「次のカモを用意しただけさ。ずっと僕に付き纏われても面倒だし」
「わかってるよ。そのジュンってやつからお金もらうのも、今日一回きりにするつもり」
「そう……あ、じゃあ丁度いいや。今日はきみ、偽名使いなよ」
「偽名?」
「実は今日、リリちゃんとユリちゃんってネッ友も誘ってたんだ。でもリリちゃんが急に来れなくなってさ。一回きりのつもりならリリちゃんに成りすました方が、その後ジュンから追われる心配もないんじゃないかなって」
 
 そうして僕の提案を受け入れた少女はリリとして、僕と浅倉くんと最後の晩餐を楽しんだ。少女が手洗いに席を外したところを跡をつけ、首を絞め——その時、僕の手の甲を少女の爪が引っ掻いたんだ。
 僕は焦って莉里(りり)さんに電話をした。店内で待機してくれていた莉里(りり)さんは、直ぐに男子トイレへと駆けつけてくれた。
 
莉里(りり)さん、どうしよう。このまま警察が来て調べられたら僕」
「落ち着きなさい。その浅倉潤って男が死体を処理してくれるのは間違いないの?」
「それは大丈夫、間違いありません。僕と彼には破れない誓い(・・)があるので」
「この少女が無戸籍であることも間違いないのよね」
「え? あ、はい」
「だったら簡単よ」
 
 その言葉と共に次の瞬間、莉里さんはいきなり振りかぶると、いつの間にか手に握りしめていた包丁で死んだ少女の右手を手首から切り落としたのだ。
 ダンっ、と鈍い音が床を鳴らした衝撃で僕は口を塞ぐ。粘度のある血が溢れ出す状況に思わず手が痺れ、呼吸も乱れた。
 
清玄(きよはる)。あなたは今すぐ個室に戻って、浅倉潤にこの状況を説明なさい。それからあなたは先に退店して、外にある火災報知器のベルを鳴らすこと。死体はこれから私がビニール袋に入れて、台車に乗せた状態で非常用エレベータのそばに置いておきますから、浅倉潤に外に運ぶように指示をするのです。後のことはこちらに任せて」
「わ、わかりました」
 
 僕は莉里さんの言う通りに行動した。店を出て報知器のベルを押してから、未だ血の気の引いて震えたままの指でスマホのアドレス帳を表示させると、駅へと歩みを進めながら上から順番に電話を掛ける。
 
 相田……及川……金井……河野……
 
「も、もしもし! 夕奈ちゃん? 今どこにいる?」
 
 白鳥夕奈(しらとりゆうな)——彼女の電話が、一番最初に繋がったんだ。
 
 
 
 
 僕は、収まるところに収まった過去は無かったことにする主義だ。昔話だってそうでしょう? 人を轢いても浅倉くんが処理してくれました、めでたし。人を絞め殺しても莉里さんが助けてくれて、そのうえ浅倉くんが罪を被ってくれました、めでたしめでたし。
 叶韻蝶会(きょういんちょうかい)という組織を面倒に思ったこともあったけど、使えるものはフルに活用して、僕はこの手で全てを丸く収めてきた。それなのに——
 
 意識が現実に引き戻される。沸々と怒りを感じた僕は片桐と、それから鳳蝶さまをそっと睨みつけた。
 
 終わったことは掘り返したりせず、
 気づいても目を瞑り、
 素知らぬ顔をする。
 
 それが、大人のマナーだろうが。