「ごちゃごちゃうるさいんだよ。何その喋り方、人のことバカにしてんの? あんたいつもそんな感じ? ウケる。そんなんじゃ余裕で嫌われてるだろうね。一回人間関係見直した方がいいと思うよ、絶対陰口叩かれてると思うから」
 
 少女改めこのクソガキの言葉は聞き捨てならなかった。なにこいつ。まじでムカつく。僕が嫌われている? 違う。そんな愚民との付き合い、僕の方から願い下げなだけだ。
 僕は生まれた時から選ばれている。親ガチャに成功した時点で、人生どんなに失敗しようといくらでもリセットできるんだよ。
 中学に馴染めなかったのも、地方の高校を親に薦められたのも大学を中退したのも、僕のせいじゃない。全部周りが悪いんだ。妬み嫉みで無視するしか脳のない集団にいたら、こっちまで馬鹿になる。IQの低い人間とは分かり合えない、ただそれだけの話だ。
 
 僕は静かに鼻から息を吸って怒りを抑える。こんなクソガキの煽りには屈しない。
 
「そうやってキレるしか脳がないんだもんなあ。僕の言ってること理解できなかったかな。もう一回言おうか?」
「あのさ。余裕こいてるけど、あんた立場相当悪いよ? 逆に理解できるように話してあげようか。この動画のデータとあんたの個人情報が書かれた紙が入っていた封筒ね、少し前にうちのポストに入れられてた。差出人は不明、宛名は兄。あたしには歳の離れた兄貴がいるんだよ。そんで兄貴、警察官」
 
 僕が一瞬瞼に力を入れたことを、クソガキは見逃さなかった。
 
「兄貴は私と違って優秀でさ。まあ、血が繋がっていないから当然なんだけど。そんな兄貴に、誰かがあんたの罪を密告しようと資料を寄越してきた。それをたまたま、兄貴の手に渡る前に私が回収したってわけ。どう? あたし、あんたに感謝されても良くない?」
「誰がそんなこと……」
「そりゃ身近な人でしょ。心当たり沢山あるんじゃない? まあでも、そいつの目論見は潰れたわけよ、あたしのおかげで。あたし優しいからさ、送られてきた資料を頼りにあんたのSNSを探り当てて、こうして知らせに来てあげたの。他の人を交えたオフ会の形にしたのは自分の身を守るため。あんたに変な気を起こされても、後からくるメンバーがいたら手を出せないでしょ。そのためにわざわざ一時間早くあんたを呼び出した。だからほら、五十万。早く話を済ませないと、あと十分くらいで他のメンバー来ちゃうよ。あ、なんか注文しとこっかな。お腹空いたわ」
 
 ぱらぱらとメニュー表を捲るのを横目に、僕は自身の目の前に置かれた結露滴るコーラのグラスを一気に飲み干す。すっかり炭酸が抜けて薄くなったコーラでも、モヤモヤした頭をスッキリさせるのに一役買うものだ。
 そしてこいつ……ガキのくせによく考えている。やっていることは四年前の僕とそう大差ない。SNSで知り合った女性と連絡をとり、身分証を確保して金を脅し取る。そんな風に遊んでいた頃の僕と。
 
 確かに僕は四年前、自動車で木村礼人(きむられいと)という男を轢いた。その時も、男はいきなり僕の前に現れて、さっき聞いたことと同じような話を僕にしたんだ。
 
 “前田清玄。お前が妻を脅していると匿名で知らせてくれた人がいた。金の無心もしているそうじゃないか。すぐに止めないと、証拠を持って警察に行く”
 
 だから、轢いてやった。夜道を待ち伏せて、角を曲がってきたところを一撃で。だって仕方がないでしょ。耳元でぶんぶん飛び回る蝿がいたら誰だって叩き落とすでしょ。それにあいつ、自分は医者だなんていうから。僕が手に入れられなかった唯一の称号を、僕に自慢したのが悪い——あれ、ちょっと待って。そう言えば、さっきの動画。
 
「あのさ。さっきの動画って、あれで全部?」
「なにが?」
「だから、最初から最後まであれで全部かって訊いてるんだけど」
「そうだけど。それがなに」
 
 やっぱり。この動画には、死んだ木村礼人を浅倉くんが処理する場面は映っていなかった。元々撮れていないのか、はたまた編集されたか。いずれにせよ、木村礼人と今目の前にいるこいつに僕の情報を流した人物は同じ可能性がある。そしてそいつは、浅倉くんを庇っているのかもしれない。
 
 僕はテーブル下で密かにスマホを操作してから、仕掛ける。
 
「だったらその動画、五十万で買うよ」
「え、まじ!?」
「でも時間が欲しい。流石にすぐにお金を工面することはできないから、とりあえず今はこれだけ渡しとく」
 
 そう言って、僕は財布から五万円を取り出す。
 
「へえ。太っ腹じゃん」
「残りは一週間後に渡すよ」
「……分かった」
「あ、いいんだ。てっきり振り込みでって言われるかと思ったけど」
「ああ、うん。自分の銀行口座持ってないから。っていうか作れないの。あたし戸籍がないから」
 
 戸籍が、ない?
 
「無戸籍児のまま母親が死んだの。兄貴や父親とは繋がってない、赤の他人。だからまあ、現金でくれた方が助かるわ」
 
 ——僕は子供が大嫌いだ。でも同時に、自我を出してくる危うさを利用できると思うこともまま有る。
 これは神様……いや。鳳蝶さまが加護をくれたに違いない。僕は選ばれた人間だ。それ故に、僕の助かる道標をセオリーにして提示してくれた。
 
「一週間後の会は焼肉にしよう。きみが不安になるといけないから、二人きりではなくメンツはこっちで用意しておくよ。場所は赤坂、時間は十八時。よろしく頼むね」