そうか。なるほど。この片桐という刑事があの時の少女の兄だったとは。確かに、歳の離れた兄がいると言っていた覚えがある。
 でもあれは仕方がなかった。あの子が悪いんだ。子供が一丁前に大人を脅したりするから。それも、何年も前の話を。
 終わったことは掘り返したりせず、気づいても目を瞑り、素知らぬ顔をするのがが大人のマナーなのに。まあ、あの子は子供だったけど。それでも、SNS上でしか繋がりのない、たかだか十五の小娘に人生潰されたんじゃたまったものじゃない。だから僕は頭を使った。ネットで起きたトラブルは、ネットの民に処理して貰えばいい、って。
 
 
 
 
 六年前——
 
「ねえ、聞いてる? どうしたの、衝撃が強すぎて思考止まっちゃった?」
 
 ファミレスにて。目の前の女性、もとい少女は、僕を煽り見て口角を上げていた。
 
「だからね、もっかい最初から言うよ? あたし今ちょっとした動画配信で小銭稼いでるんだけど、それでこの動画ね。四年前にたまたま撮れたやつ。ここみてて……ほら、こっちの角から男の人が歩いて来て、次の瞬間! ドーンって! 向こうから来た車が轢いちゃうんだよ、男の人! 凄いでしょこれ。こんな動画一瞬でバズっちゃうと思わない?」
「だから、何?」
「何? じゃないんだよ。流石に意味わかるでしょ。五十万でいいから」
「ちょっとよく分からないな」
 
 話の芯をくわない僕に、少女は苛立ちを露わにする。やはり、所詮は子供だ。
 
「だから! この車に乗ってるのあんたでしょ、前田清玄さん。あんた人轢いたよね? 殺したよね? この動画が世間に出回ったらあんた一発アウトだから。その様子じゃ罪も償ってないっしょ。やばいから、まじで」
 
 ズズっ、と(から)になったコップのストローを啜ると、少女は頬杖をついて僕を睨む。その態度があまりにも強気で、僕は笑いを必死に堪えていた。
 
「別に晒しちゃってもいいんだよ? それでもそこそこお金にはなるし。あ、週刊誌って手もある! あんたの父親、大学病院の偉い人なんじゃなかったっけ」
「ねえ」
 
 流石にもういい頃合いかと、僕は話を遮った。はしゃぐ少女の機嫌を損ねるのは申し訳ないが、ぼちぼちおふざけに付き合ってもいられない。
 
「きみ、いつもこんなことしているの? 親はこのこと知ってるのかな」
「は? だる。説教? あんたみたいな犯罪者がでかい顔すんなよ。あんたと違って、あたしは立派に自立してんの。親の(すね)(かじ)ってないし、生活費をこの手で稼いでる」
「人を脅すのが立派かな」
「じゃあ人を轢き殺すのは立派なのかよ」
 
 ああ言えばこう言う。本当、子供は大嫌いだ。自分の中の正義を信じて疑わない。それが間違っていると指摘しても聞きゃしないし。口調も表情も、何もかもが癇に障った。
 
「いい? きみの持っているその動画に僕を陥れる効力はないの。そもそもそれ、四年も前の動画でしょ? 画像が荒すぎて、そこに映る男が僕だとは誰も分からない。それにその車、今はもう存在しないんだ。週刊誌だってきみのような子供は相手にしない。警察だって同じだよ?」
 
 そう淡々と述べる僕の言葉を理解できているのかいないのか、少女は無表情で固まっている。
 
「ね、だからもう諦めなよ。その動画を削除してくれたら今日のことは水に流すし、もう帰っていいからさ。予定してたオフ会の他のメンバーには僕からうまく言っておく。だからさ、最後に教えてよ。その動画をきみに渡したのは誰? 僕の本名をバラしたのも同じ人かな?」
「……うざ」
「え?」
 
 するといきなり、少女はファミレスのテーブルを思い切り両手で叩いた。