「え!?」
 
 思わず声を出した僕を、皆が一斉に見る。
 いや、だって。話が違う。
 
鳳蝶(アゲハ)さま。本日はVIPが一名控えておりまして、その、先にそちらを占っていただければなと」
「びっぷ? あらまあ、昨今の殿方は愛人のことをびっぷとお呼びになるの? 存じませんで」
 
 僕のあえての小声に、わざと大声で返してくる鳳蝶さま。なんだよこれ。いや、おかしいのは鳳蝶さまだけじゃない。皆が僕を見る視線だって変だ。
 一列目の中年はつい数分前まで汗など拭っておどおどしていたのに、今は膝を開いて前のめりだし、隣のポニーテールはなぜか座り位置を隣の少女に寄せている。サクラであるはずの二列目の男たちは立ち上がり、左右の通り道を塞ぐように仁王立ちだ。
 変わらず座るのは三列目の地味女だけ。だがその視線は他と変わらず鋭くて、僕はまるで鷹下の雀(ようかのすずめ)のようだった。
 そうして最後に、蛇男。奴は(おもむろ)に右手を挙手し、顎を引いたまま視線だけでこちらを睨みつけている。
 
「ひとつ訊いてもいいか」
「なんなりと」
「四代目鳳蝶(アゲハ)……あんた、人を殺したことがあるよな」
 
 蛇男の低い声は、拝堂の空気を一層暗く変化させた。
 
「さあ、どうかしら。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。あ、そうだわ。試しに占ってみようかな。鳳蝶(アゲハ)は占いの名手だそうだし」
「茶番はやめろ」
「嘘。そんなこと言って、あなただって好きでしょう、茶番。わざわざ首にそんな刺青までこさえて。それなあに? シール? あなたこそ、()のふりして何のつもりなの? わたし、期待したのに。もう一度あの人に会える日が来るかもしれないって」
 
 汗が吹き出て止まらない。内容はうまく理解できないが、蛇男と鳳蝶さまの会話は多分、噛み合っている。
 この状況に違和感を感じているのは僕と、それから同じく視線を配りまくって状況を把握しようとしている三列目の地味女のみ。それ以外は皆、場を静観しつつもこの状況にどこか適応しているように思えた。
 
「そんな日、来るわけないだろう。自分で殺しておいて」
「だから確かめたかったのよ。で、いい加減誰なの? あなたたちは何者なのかしら。そもそも清玄がうまくやれるはずないとは思っていたけど、あまりに熱心だから来てみればこのざま。わたくしの相棒を騙くらかしてわざわざ焚き付け、ここで何をするつもりなの?」
 
 鳳蝶さまに呼びかけられた人々はより一層警戒を強める。そんな中、蛇男はズボンの後ろポケットに手を突っ込んでなにかを取り出し、それを開いて前に突き出した。
 頭の混乱している僕は、それが警察手帳だと理解するのに数秒を要する。
 
「俺は警視庁警備局公安課、特殊組織犯罪対策室所属の刑事だ」
「警視庁警備局、公安課……」
 
 ゆっくり、理解するように蛇男の言ったことを繰り返して、僕の背には更に汗が流れ伝った。刑事? 特殊組織犯罪? なぜ。なぜこのタイミングで警察がここにやってくる?
 叶韻蝶会(きょういんちょうかい)はとっくに廃れた組織だ。今またこうして再建を目論むことなど知る由もないはずなのに、どうして目をつけられた?
 
「スクリーンを降ろせ」
 
 その刑事が呟けば、初代鳳蝶さまの肖像画を遮るようにして天井からスクリーンが降りてくる。僕と鳳蝶さまがそれを振り返ると同時にプロジェクターも作動し、映し出された映像にまたもや僕は絶句した。
 
「映像に映る男は浅倉潤(あさくらじゅん)といい、本日死刑が執行される。今まさに、死ぬ前のひと時を教誨師(きょうかいし)と共に過ごしている最中だ。彼は六年前に木村礼人(きむられいと)黒函莉里(くろはこりり)という二人の人間を殺害した罪で死刑判決を受け、今に至る。だが俺はずっと引っ掛かっていた。この事件はそんな単純なものじゃない。もっと複雑にいろんなものが絡み合っている気がしてならなかった。そして去年、十二月。とある男の遺体が発見されたことで、止まっていた六年の時が再び動き出したんだ」
 
 刑事が懐から取り出したのは一枚の写真。そこに写る男の首には、その刑事と全く同じ蛇の刺青が刻まれている。
 
「この写真の男の名は宗胤(しゅういん)。彼は自身の寺である教琳寺院(きょうりんじいん)の一室で、眠るようにして死んでいた」