「いつもは事前に予定した日でないと会わなかったし、私もバイトのシフト詰めて入れるタイプで掛け持ちもしていたから、急な誘いは断ってた。でも清玄から着信があって、珍しいなって。電話なんて滅多にかけてきたことなかったから。なんだろうと思って出たら今どこ、って」
 
 その日、私は友人と渋谷にいた。それを伝えると、清玄はすぐに神楽坂に来られないかと言ってきた。
 
「もう帰る予定だったし、その日は服も適当で流石に歳を誤魔化してるのもバレそうで、それこそ最初は無理って断った。でも清玄はどうしてもって食い下がって、それも珍しかったの。おまけに二ヶ月後に南青山で限定オープンするコラボブランドの財布をプレゼントしようと思っているって言われて……私、慌ててセレクトショップに入って服を買ったの覚えてる。友達にも化粧品借りて」
 
 これで少しは裕福な友人と肩を並べられる、そんな思いで頭を一杯にして、私は浮かれていたに違いない。
 だけど。清玄はその日、人を殺していた。そしてその足で私と会って、寿司を食べて、他愛ない会話に笑っていたのだ。
 
 恐ろしくて腰が抜ける。ふらついて、地面に尻をつきそうな私の腕を片桐が支えた。
 
「大丈夫か」
 
 膝をすくませ虚ろな私を、片桐が椅子に座らせる。気が抜け、肩を丸めながら身を守るように自身を抱きしめたとき、私の身体は小刻みに震えていた。
 
「たしか私、そのとき清玄の腕にあった傷のこと訊いたと思う。そしたら、病院で働いていればそういうこともある、中には錯乱状態になって暴れる患者もいるんだ、って。でもおかしいよね。医者や看護師ならまだしも清玄は事務員で、ましてや清玄がそんな乱暴な患者の対応をする姿なんて、今となっては全く想像できない。そんな会話も、今の今まですっかり忘れてしまってた」
「あんたは悪くないよ」
 
 自責を感じ始めた私を察してか、片桐は即座に言葉を重ねる。
 
「仕方のないことだ。中高生が自分の欲のままに行動することは、犯罪行為を除けばそれほど問題にはならない。行き過ぎた行動はそれこそ、大人が律さなければならないことだ。親は、自分に覚えのない高級ブランドを娘が身につけていたら普通は不審に思う。それを問いただされなかったのも、見て見ぬ振りであんたがこうして今を生きていられるのも、運が良かった。たまたまうまく乗り切ることができたんだ。それでは気付きようがない」
 
 片桐に親を指摘されて胸が痛んだ。でも両親は本当に何も知らない。私は毎月控除ギリギリまでバイト代を稼いでたし、自分で買ったブランド品だってたくさんあった。
 だけど反論もできない。今なら分かるからだ。将来、汐紘が見ず知らずの誰かから何かを貰っているなんてことを知ったなら、私は心から心配する。そして、汐紘を問いただすに違いなかった。
 
「十六歳だろうが十九歳だろうが関係ない。まともな大人なら、まだ保護下にある素性のしれない未成年を連れ出して二人きりで食事に行ったりしないんだ。まあ、それでもあんたは純粋に前田清玄という男に惹かれた。結婚までしたんだ、中身がどうあれそれは否定しない。だが妹が殺された日、少なくともあんたは利用された。前田清玄が寿司屋の予約を入れたのは一週間前だ。本来は焼肉のあとを見越しての予約だったんだろうが、それをあんたとのデートにすり替えてアリバイ作りに利用したんだよ」
 
 未だ、震えは止まらない。
 
「あんたが見た前田清玄の腕の傷は、妹を窒息死させた時に揉み合いになってついた傷だろう。奴が浅倉潤に妹の右手首を切断させて、それを店の網で焼かせたのは、妹の爪から自分の皮膚片が検出されるのを防ぐためだったんだ」
 
 頭の奥で、今一番聞きたくない声が響く。
 
 “夕奈との将来を考えたい。正味、きみとはこれから長い付き合いになる……そんな気がするんだ”