私は映像を凝視する。
 浅倉潤(あさくらじゅん)。この男の人が、今日、死刑に?
 
「……意味わかんない。嘘じゃん。フェイク動画じゃん。こんな、死刑前の人が流暢に喋って、その様子が映像として流れてるなんて普通に考えてありえない」
「このライブ配信は限定公開だ。URLを事前に知っているやつにしか映像を視聴することはできない。世の中全てに流れているわけじゃないんだ」
 
 私は片桐を睨む。
 
「やっぱりあなたは私のこと馬鹿にしてる。こんなものでも、私なら騙せるって」
「この動画であんたを騙す俺の目的はなんだ。旦那が無実の人を苦しめていますよ、晒されたくなければ金をよこせ、そんなところか? そんな陳腐なものじゃない。この作戦の成否には、あんたが想像するよりはるかに多くの人間の人生と、運命が掛かっている」
「だからそれを説明してよ! 今すぐ、ここで!」
 
 片桐は数秒無言になった後、無造作に髪の毛をかきあげた。そうして(あらわ)になった右耳には黒いイヤホンが装着されている。
 
「俺はこの映像の音声を最初からずっと聴いている。教誨師(きょうかいし)がこの部屋を訪れ、入り口に爆弾を設置し、浅倉潤の人生の振り返りを始めてから約一時間。浅倉潤には少年時代に自身の父親を殺して少年院に入った過去があり、退院したのは平成二十四年の九月。そのあと前田清玄に声を掛けられ叶韻蝶会(きょういんちょうかい)に入会して、五年で幹部へと昇格する」
「ねえちょっと待ってよ、そんな一気に沢山のことを言われても分からない」
 
 そう私が口を挟んでも、片桐は表情を固めたまま話を続けていた。私はなんとか内容を飲み込もうと話に食らいつくものの、頭の中と現実が分離して疑問ばかりが浮かんでしまう。
 浅倉潤という名前を聞いたことはあった。でも清玄の交友関係は広く、記憶に残るほどの名前でもない。清玄は自分の電話帳に入っている名のある知人を友人のように扱って触れ回るのが得意で、その逆も然りだった。自分より劣っていると判断した人間を引き合いに出し、蔑み、酒のアテにする腹黒さも備えている。
 浅倉潤という人に、片桐がいま言ったような犯罪歴があったのなら、“こんな奴がいた”と私との会話の中で話題に出してもおかしくない性格なのだ、清玄は。
 それを頑なに隠しているということは、本当に清玄には何かやましいことがあるのかもしれない。それとも……
 
「浅倉潤はこれからあんたの旦那の話をするぞ。ちょうど今から妹が殺された時のことを振り返るところだからな。前田清玄はその日、SNSで知り合った妹を含む女性たちと合コンをするのに、浅倉潤を誘ったらしい」
 
 ——ドク、と胸が波打つ。
 
「合流した奴らが向かった店は」
「お寿司か焼肉」
 
 声に被せるようにして冷静に呟いた私に、片桐はやっと言葉を止めてくれた。
 
「お寿司なら神楽坂、焼肉なら赤坂。どう、違う?」
「ああ。その通りだよ。店は赤坂の焼肉店だ」
 
 やっぱり。

「どうして分かった」
「浅倉潤って人が平成二十四年に少年院を出て、それから五年で叶韻蝶会(きょういんちょうかい)の幹部になったって話。それを聞いて、清玄が女の子を誘って食事していたのって単純に考えたら平成二十九年頃ってことになるでしょ。その頃私は十六歳の高一。そして、初めて清玄に会ったのも同じ頃なの」
 
 SNSで声を掛けられて、男女二対二で食事に行こう——その出会い方さえも、同じだった。
 
 
 
 
 片桐は顔面を引き攣らせて私を見てくる。
 
「十六って、いくらなんでもまずいだろ。その頃あんたの旦那や浅倉潤は二十歳を超えているんだぞ」
「嘘ついてたの。十九歳の大学生だって」
「……なんだかな。危ないことが魅力的に見える人間に、時代は関係ないんだと思い知らされるよ。妹も含め、だけど」
 
 呆れ顔で額に手を当てながら、片桐は続けて、と私に話を促す。
 
「学生の頃に私が必死でしがみ付いていたコミュニティは、今考えれば確かに異常だった。たぶんだけど、一般的な友人関係で重要になるのは優しさとか思いやりとか、一緒にいる楽しさとかそういうものでしょ? でも私たちはそうじゃなかった。性格の良し悪しなんて二の次、カースト上位を維持するために持ち物や服のセンスを高めて、シャンプーするだけのために毎日美容院に通うような特別な人たちだけがキラキラ輝ける、そんな輪の中に私はいたの。彼氏だって好きで作ったことなかった。収入や家柄を加味して、みんなが羨ましがる車種の車を持っている人じゃないと紹介もできない、スペックが全てだった」
「くだらないな」
「分かってる。今ならそんなものに意味なんてないって、痛いほど分かってるよ。いくら庶民が背伸びしたところで本物のお嬢様には敵わない。バイト代コツコツ貯めて手に入れたリップを“また新色買っちゃった”ってSNSに投稿する私が笑われていたことも知ってる。それでも、羨ましがられる話題を提供しなきゃって必死だったの。だから……清玄みたいに高級なお店に連れて行ってくれる人は貴重だった」