「無口な奴が途端に喋り出した時点で、俺たちは妹の異変に気づくべきだった。呑気に健康的になったと喜んでいた親父はかなり落ち込んでいたよ。そしてそれは俺も同じ。ある日なんの気なしに実家に顔を出したら『兄貴』なんて呼んでくるものだからつい、ほっとしたんだ。ずっと蓋をして放置していたものが勝手に浄化されることなんてない。外見はなんともなくても、中で腐りきって取り返しのつかないことになっているのは明白だったのに」
 
 片桐は自らを嘲笑するように小さく笑った。
 
「結論からいえば、俺も親父も妹が行方不明になったところでどうすることもできなかった。かろうじて捜索願は出せたんだ。でも、戸籍のない妹を探すことは絶望的だった。顔貌や体型の特徴をメモ書きされたくらいで、警察もそれ以上できることはないと。それどころか、俺たちが本当に家族として成立していたのか、警察は別の犯罪の可能性を探ろうとしてきた。まあ、世の中には誘拐とか、色々あるから」
「でも」
 
 私は思わず声を出した。それから一瞬で冷静になって、頭の中で組み立てた疑問を遠慮がちに口にしてみる。
 
「じゃあ、あなたはその、妹さんをどうやって見つけたの? 警察にだって探すのは困難だって言われたんでしょう?」
「占いだよ」
 
 片桐は目の前の肖像画をゆっくりと見上げた。
 
「初代鳳蝶の孫である三代目鳳蝶。彼女が妹を見つけてくれたんだ」
「見つけたって。たかだか占いで? そんなことができるの?」
「そうだな、確かにたかだか占いだ。だがその占いで現に妹は見つかり、俺たち家族はその身体の一部(・・・・・)を遺骨としてそばに置くことができている」
 
 片桐は(おもむろ)に襟下に隠していたペンダントを引っ張り出した。そのペンダントトップには小さな砂時計が埋め込まれていて、微量な粉が下に溜まっている。
 私が固唾を飲むと、片桐は緊張を察したのかすぐにペンダントを服の下にしまって話を続けた。
 
叶韻蝶会(きょういんちょうかい)という組織は、元はしがない占いの館だった。その辺にある占い場となんら変わらない、この肖像画に描かれた初代鳳蝶(アゲハ)が妖艶な風貌と巧みな話術で、それなりに生活ができるくらいの日銭を稼いでいただけ。それが、娘が二代目を継ぐと様子が変わり始めた。二代目鳳蝶はふらっと立ち寄る占い客をちまちま捌いていくよりも、いっそ『鳳蝶(アゲハ)』という名を神格化して組織として運営した方が儲かると踏んだんだ。そしてその目論見は当たった。占い目当てに熱心に通っていた客は信者へと名を変え、精神安定の対価に寄付をする。政治家や大病院にも営業をかけて、小さな占いの館は瞬く間に金の成る叶韻蝶会(きょういんちょうかい)へと変貌を遂げた。世間に売名しない『一見断り』の制度も功を奏したらしい」
「信じられない……だって、占いってそんな。メディアに出るような知名度だってないのに、なんで政治家がそんな人を信用するの?」
「それは彼らが元々、初代鳳蝶の力を目の当たりにしていたからだよ」
「力?」
 
 片桐は腕の時計を気にすると、太ももに両手をついてゆっくりと立ち上がる。
 
「未来予知。初代鳳蝶には、間違いなく未来を見通せる力があったんだ」