「二人目? こんな状況で二人目って、それ本気で言ってるの?」
「だから、作れないって話だよ。理解力ないなあ。これじゃあ新人の子の方がまだ話になるよ」
「新人ってなによ」
「先月からインターンでうちの病院に来ている看護学生だよ。仕事覚えは早いし、緊急性の高い医療現場でうまく立ち回れる能力は大したもんでさ。まだ二十歳(はたち)だっていうのに」
 
 ……なるほど。そういうこと。
 最近帰宅時間が遅いのも、ほんのりアルコールの匂いを纏って帰ってくるのもそういうことだったの。冗談じゃない。
 
「さっきから、偉そうになんなの? 緊急性の高い医療現場? 確かに清玄(きよはる)の勤め先は大学病院だけど、あなたは医者じゃない。ただの事務員でしょ?」
「事務員じゃない、事務長だから」
「どっちだっていい。そもそも、私はあなたを医者だと思って付き合っていたのに、お腹に汐紘(きよひろ)を授かっていざ結婚ってタイミングで実は医者じゃないだなんて、そんな詐欺みたいなことしといて今もうまくいってるのは誰のおかげだと思ってるわけ?」
「はあ? 僕は病院に勤めていると言っただけで、医者だなんて一言も言った覚えはない。きみが勝手に勘違いしたんでしょ」
「屁理屈言わないで。お父様が大学病院の准教授って聞いたら、そう思うのが普通でしょ? しかも、一度は医大に入ったのにそれも中退。最終学歴高卒って、私より酷い」
「有名大学でもない地元の小さな大学を出たところでなんの意味があるの? それに、僕とのデートできみがお金払ったことある? ないよね。全部僕の奢りだったよね。高級フレンチでも予約の取りにくいパンケーキ屋でも、きみは満足気に写真を撮ってはSNSにアップしてたでしょ。それは医者とか関係なく僕のステータスに満足していたってことになるんじゃないの? きみだって随分したたかだ」
「その“きみ”って呼ぶのやめてよ!」
 
 思わず出た大声。いつもなら泣いて起きてもおかしくないのに、今日に限って汐紘(きよひろ)は静かに眠り続けたままだった。
 
「結婚してからずっと我慢してきた。仕事だって本当は続けたかったのに、妊娠中のつわりが酷くて仕方なく辞めて、そうしたらどんどん社会から取り残されて独りぼっちになって……SNSを見る度に、友達は楽しそうにお酒を飲んだりキャンプしたりしてて、可愛くて、キラキラしてて」
「いや、それって僕のせいじゃなくない?」
「うるさい、黙って聞いて。私はね、確かに夢を見ていた。それは認める。清玄のことたくさん友達に自慢したし、子供が出来たときも、周りより一足先に幸せになれるんだって正直浮かれてた。でも、その結果がこれ」
 
 私は足元に散らばるブロックを一つ掴むと、適当に放った。
 
「……わかってよ。まともに眠る時間もないの。お風呂にゆっくり浸かる余裕もない、化粧する気力もない。そんな私を間近に見て、痩せろ? なら少しくらい優しくしてよ。休みの日くらい汐紘(きよひろ)の面倒見てよ。私だって一人になりたいの」
「一人になりたいって……夕奈、母親なんだよ? それを覚悟で子供、産んだんじゃないの?」
 
 ——ああ。もう、無理だ。
 この男には、何を言っても通じない。