「さて、話を本筋に戻しましょう。この会話が浅倉潤(あさくらじゅん)という一人の男の人生の振り返りということを忘れてはなりません。あなたはどうして木村礼人さんを殺害したのでしょう。記録には確か……自動車事故、と」
 
 茶番だ。こいつは、宗胤はことの成り行きを全て知っているに違いないのだ。そしてそれを認めることは僕の敗北。僕はただこの坊主の手のひらの上で転がされ、無言を貫くうちに制限時間が尽き、死ぬ。仮に爆弾が偽物だったところで、僕が死刑を執行される事実は変わらない。
 
 贖罪(しょくざい)——僕は初めに言った。この問答が、今までの人生の贖罪になるのなら受け入れたいと。嘘だ。うわべだ。死ぬことは怖くない。それは本当だ。でも。
 樋井紫子(ひのいゆかりこ)の裏切りが分かった今、僕が死ぬ意味はゼロに等しい。
 
 黙り込む僕をみて小さなため息を吐くと、宗胤は椅子に背中を預けた。
 
「……なるほど。やはり(だんま)りですか。このままあと、三十三分」
「あの」
 
 答えを出したい。このままでは死ねない。その想いだけで僕は残り三十分、最後の賭けに出ることに決めた。
 
「宗胤さんが、僕みたいな男と共に命を投げ出す理由、それだけ答えてはもらえませんか。あとは何も訊かない。木村礼人(きむられいと)の事件についても、嘘偽りない本当のことをお話します」
「本当のこと。それは記録とは異なる事実をお話頂けると思って間違いないですか」
「はい」
「木村礼人も黒函莉里も、殺したのはあなたではないと?」
「はい。おっしゃる通りです。二人を殺したのは前田くんです。僕は前田清玄が犯した罪を自らの意思で(かぶ)りました。間違いありません」
 
 宗胤の目が微かに光る。やはり、この男が僕から導き出したかったのはこの話なのだ。
 
「……そうですか。いや、うん。なるほど。確かに化け物ですね、前田清玄という男は」
「確かに?」
「ああ、いや。樋井紫子(ひのいゆかりこ)さんがそう言っていたのです。浅倉さんに罪を被ってもらっておきながら、前田清玄はのうのうと一般社会を生きているんだと。罪の意識もないまま」
「前田くんはそういう男なんです、皮肉にもそれだけは信用できる。彼は遠目にはいい人だ。でも深く知ると、近づきすぎると顔を変えてしまう」
「まるでキブシの花のよう、ですか」
 
 僕はまたしても驚いた。だが、最初に受けた衝撃に比べれば怒りも少ない。
 
「それも、ゆかりちゃんが?」
「ええ。あなたはよく人を花で例えていたと。紫子さんは確か、桔梗(ききょう)だとか」
「花……ああ、そうか。違うんです。花ではなく色です。木五倍子(キブシ)の漢字を含む空五倍子色(うつぶしいろ)は、前田くんがよく好んでファッションに取り入れていた色なんですよ。黄土色とか茶色とかベージュとか、一般的な色を口に出せば良いものを、彼はなぜか小難しい言葉を使った変な言い回しが好きなんです。興味本位で調べてみたら、キブシの花言葉には出会いや待ち合わせ、嘘なんてものもある。それが可笑しいほどに彼にぴったりで」
 
 慎重に。時間は無くとも焦りは禁物、まずは違和感のない会話を続けることが重要だ。宗胤が樋井紫子との関係をスムーズに口にするまで、僕は前田清玄の情報をこねくり回せばいい。機会は必ず——そんなことを考えながら上目遣いに顔を上げれば、宗胤が僕から目を逸らしている。見れば慌てて懐からスマホを取り出して、どこかに電話を掛けているようだった。
 
「……ああそうだ。花じゃない、色だ。暗証番号は色にまつわる数字で間違いない。間に合わせろ、時間がないぞ」
 
 暗証、番号?
 急に、宗胤の存在が遠くなった。それは今まで見ていた目の前の男が虚像であったような、鏡の中の自分がそっぽを向いているような奇妙な感覚で、同時に恐怖が滲み湧く。
 電話を切った宗胤が僕に向けてきた顔は、今まで見たどの表情よりも冷たく、硬く、そして潔い。
 
自供(・・)をありがとうございました。残りの時間ではお約束通り、わたしが浅倉さんと命を投げ出す理由をお教えしますよ」