私の表情の些細な変化を取りこぼすまいと、宗胤(しゅういん)はその瞳に青い炎を灯す。
 
 そういうことか。宗胤がここに何をしに来たのか、その目的がなんとなく読めてきた。
 世の多くの人間は、殺人鬼である私が捕まることによってメリットを得た。それは日常生活においての安全確保や精神的な負荷の軽減。もっと言うと、テレビやネットでニュースを知るだけの大抵の人々は、たとえそれがどんなに(むご)たらしい事件だとしても、自分の生活圏内にない御伽(おとぎ)の国の話だと右から左に忘れてしまうものだ。
 
 そう。全く無関係の人なら。
 
 私は宗胤の顔面を注視した。やはり見覚えのある顔じゃない。少年院に来た坊主の中にも、叶韻蝶会(きょういんちょうかい)を訪れた教琳寺院(きょうりんじいん)の住職の中にもこんな男はいなかった。となれば、考えられるのは被害者関係。
 
 宗胤は黒函(くろはこ)莉里(りり)の身内だろうか。思い返せば確か、莉里には歳の離れた兄が居た気がする。或いはあの事件以降、全てのSNSアカウントを削除して行方をくらませた……ユリ。その関係者かもしれない。とすれば、宗胤が犯人として疑っているのは——
 
「どうしましたか浅倉さん。急に押し黙って」
 
 私が思考を巡らせていると、宗胤はここぞとばかりに畳み掛けてきた。
 
「瞬時に否定しないというのはあまり宜しくない。会話において、間や一瞬の迷いは相手に好機を与えます。全ての質問に対して首を縦に振っていれば乗り切れたあなたの裁判と違って、わたしはあなたの発言の綻びを見逃しませんよ」
「ちょっと落ち着いてください。宗胤さんこそ随分早口になって、時折口調を荒くしたりなにをそんなに焦っているんですか? じゃあ訊きますけど、私が殺していないなら黒函莉里は誰に殺されたと?」
前田清玄(まえだきよはる)。黒函莉里を殺害したのは彼だ」
 
 予想通り、宗胤は前田くんの名を出してきた。当然だ。あの焼肉店で私以外に殺人を実行する可能性があるのは前田清玄、彼しかいない。だが、私は宗胤の追求を鼻で笑った。
 
「あの日、前田くんは私に帰るように言った後、なかなか個室に戻ってこない黒函莉里のスマホへと電話を掛けました。だけど電話は繋がらない。当然です、そのとき莉里のスマホは私が感情に任せて踏み潰した後でしたから。そうして莉里への連絡を諦めると、前田くんは次にユリにも連絡を試みます。が、それも繋がることはなかった。仕方なく、前田くんは会計を済ませて店を出ます。その時の前田くんの様子は、レジカウンターを映した防犯カメラ映像にもしっかり記録されていて、裁判でも確認されています。前田くんは確実に店を出て行った。犯行は不可能です」
「防犯カメラ。そうですそれです、おかしいんですよ。前田清玄は店を出る際、わざわざ一度カメラを見上げるんです。まるで自分の顔を映してくれとでも言わんばかりに。それになぜ犯行が不可能だと言い切れるのでしょうか。殺してから店を出た、その可能性だって十分に残されている」
「無理だ」
「なぜです?」
「包丁ですよ。さっきあなた自分で言ったんじゃないですか。火災報知器のベル鳴るまで、厨房が空になることは絶対になかったって。前田くんが店を出たのは火災報知器が鳴る前です。どうやったって前田くんが黒函莉里の右手首を切断することは無理なんですよ」
「それはそうでしょう。黒函莉里を殺害した人物と手首を切断した人物はそれぞれ別。この殺人事件は、浅倉潤と前田清玄の共犯によって行われたのですから」