私は光さんへ網からブリを出しながらお礼を言った。ブリは1匹だけ入っていたが思ったより重い。

「ありがとう!」
「おうよ!」
「はい、これ網ね」

 光さんへ自前の網を返すと、彼は網を咥えて甥っ子と一緒に沖合へと泳いでいった。彼の泳ぐ速さはとても速い。

「あっという間に遠くに行っちゃった……」

 私はブリを抱えながら沼霧さんを大きな声で呼んだ。庭からやってきた沼霧さんが小走りでこちらへと駆け寄って来る。

「これ、光さんから!」
「あらっブリですか」

 結局沼霧さんにブリを運んでもらったのだった。沼霧さんは軽々とブリを運ぶ。

(私が無力なだけか……)

 ちょっと気分は落ち込んだが、まあ仕方ない。ブリを1匹丸ごとさばいて下処理をするのも、沼霧さんがやってくれる事になった。

「これだけ新鮮なら、お刺身でもいけますね」
「後は、煮つけにもしたいかな」
「それは良いですね。じゃあ準備していきますね。下処理が終われば呼びに行きます」

 私は一度、自室に戻る。それにしても母親の姿が見えない。買い物にでも行ったのだろうか。
 すると食卓に紙が1枚置かれてあった。母親が書いた買い物表。おそらくは忘れてしまったのだろう。

(まあ、いいか)

 別に忘れても大丈夫だろう。また行けばいいし。それに父親からの仕送りもある。食材には今の所、困ってはいない。
 少し経って母親が居間に戻ってきた。

「ただいま」
「お母さんどこ行ってたの?」
「これ。近所の人から花を貰ってね。今から生けるつもり」

 母親が持っていたのは椿の枝だった。赤い蕾がいくつかついている。

「綺麗だね。もうすぐ咲きそうかな」
「そうね。この白い花瓶にでも生けようかしら」

 母親がちゃちゃっと花瓶に椿を生けて、玄関の棚の上に置いた。確かに白い花瓶に赤い蕾が良く映えている。

「そろそろ夕食出来ますよーー」
「はい!」
「千恵子さん。ブリ切ってください」

 沼霧さんに頼まれ、私は台所の流しで手を洗ってから包丁を握る。

「薄く切ってください」
「分かった」

 すーっとゆっくり包丁を入れていく。思ったよりも包丁が通りやすい身だ。

「こんな感じ?」
「ええ!大丈夫です!」

 切り終わると、おつくり用のお皿に並べて完成となる。ブリの煮つけと麦ごはんも用意してこれから昼食だ。

「ではいただきます」

 正座してまずはお刺身から頂く。脂っこさがそこまで主張しておらず、食べやすい。ブリの煮つけはほろほろと身が柔らかくて、更に醤油と生姜が合わさったこの味は素材の味はそのままに、麦ごはんが進む味わいになっている気がする。

「美味しい!」

 こうして、昼食はあっという間に食べ終えたのだった。