「沼霧さん、何時?」
「17時25分くらいですね」
「まだちょっと早いか」

 夕食はその日によるが大体いつも、大体17時40分から、18時くらいに食べている。まだ私のお腹も完全には空いていない。

「光さんとこ覗こうかな」
「では、私はここでおります」

 家を出て、いつもの桟橋へ向かう。すると沖合に背びれが3つ見えた。光さんと、甥っ子と、妹だろうか。

「光さーーん!!」

 大きな声で呼ぶと、黒い背びれ3つがゆっくりとこちらへ向かってきた。

「千恵子!」
「光さん、クジラ食べた?」
「おう! ほら、挨拶しとけ」

 光さんに促され、甥っ子と妹が頭を上下に振る。

「美味しかったってよ」
「妹さんも食べたんだ」
「そうそう。千恵子は?」
「昼に天ぷらにして、夜はすき焼きにする」
「へえ、手がこんでんな」

 光さん達と少しばかり話し終えたのち、家に戻ってすき焼きの支度を始める
 鍋に野菜と薄く切ったミンククジラの肉を入れ、割り下を入れて煮込むと完成だ。麦ごはんをお茶碗によそい、鍋敷きを食卓の真ん中に置いて、鍋やお茶碗、お箸にお茶を置く。

「良い匂いね」

 母親が、右手で仰ぎながら匂いを嗅いでいる。

「頂きます」

 先にお野菜から頂く。キャベツもニンジンも柔らかくなっていて、割り下の味が染み出ている。

「キャベツもすき焼きと合うわね」
「確かに。いつもは白菜使ってたもんね、お母さん」
「そうそう。ニンジンも美味しいわ」

 続いて、主役であるお肉。火はしっかり通っている。これも沼霧さん曰くしょうゆで漬け込んでいたらしい。

「む」

 しっかりしょうゆと砂糖の味が染み込み、臭みも取れて美味しい。

「美味しい!」

 2枚目は麦ごはんに被せて、一緒に食べてみる。麦ごはんの甘味にしょうゆと砂糖にクジラの肉の風味が合わさり、これも美味しい。

「卵が欲しくなるわね」

 という母親の言葉。すき焼きといえば生卵だが、卵は貴重な品だ。島に来てからは年に一度しか食べられていない。

「でも、卵無しでも美味しいよ。お母さん」
「確かにそうね。味もしっかりしてるし」

 気がつけばかなりの汗をかいていた。夏にすき焼きを食べているからなのは言うまでもない。

(汗はお風呂でしっかり落とそう)
「ごちそうさまでした」

 夏のすき焼きも、悪くはない。そう思えたのだった。