肉を漬け込んでおいたしょうゆの風味も、私の予想以上にしっかりと残っていた。このやや濃い目の味は麦ごはんが進む。

「美味しい!」
「あら、美味しいわ。これ、しょうゆで漬けこんでる?」

 母親もしょうゆの味に気づいたようだ。

「はい、そうです。漬けこんでから揚げました」
「やっぱりそうよね! しょうゆの味が出てるもの!」

 母親と沼霧さんの隣では、あやかし達も天ぷらを美味しくつまんでいた。

「△×~」
「!!〇##!」

 にこにこと微笑んでいるあやかし達は本当にかわいい。
 ちなみにあやかしが食べたごはんは消化されて、妖力・体力へと変換されていく。消化と言うより、昇華かもしれないと沼霧さんは依然語っていた。

「ごちそうさまでした」

 私達はあっという間に、天ぷらとご飯を平らげたのだった。
 食器を洗い終えると、私は自室に戻る。それにしても夏は蒸し暑い。窓を開けて風を入れているが、海風が入って来る時もあれば入ってこない時もある。

「はあ、お腹いっぱい……」

 2階の窓からは、沖合まで海が見渡せる。じっと目を凝らすと、一瞬だけクジラの潮が打ち上がって、尾びれが現れ海に消えていく。

「やっぱり、ここの景色は良いなあ。見飽きない」

 しばらくしてやってきた黒猫のあやかしと共に、海をずっと眺めていた。
 夕方。私は沼霧さんと共にすきやきの準備に取り掛かる。まずは戸棚の奥の方にしまった黒い牛鍋用の鍋を取り出して、洗ってほこりを落とす。
 次は、お肉と一緒に入れる野菜だ。とりあえず葉野菜はキャベツがあったので、思い切ってそれを入れてみる事にした。あとニンジンも入れてみよう。

「キャベツは破って入れてみようかな」

 キャベツをぶちぶちと一口大に破って、沼霧さんが細長く切ってくれたニンジンと一緒にざるに入れて洗う。
 残ったミンククジラの肉も薄く切り、水で洗う。

「これで、具材の準備は終わりかな」
「そうですね。後は割り下を作りましょう」

 しょうゆと砂糖を混ぜたら、割り下の出来上がりである。