別荘に戻った次の日。私はあの桟橋を訪れていた。勿論彼に会う為である。
 桟橋から遠くの沖合にさしかかる地点に、あの見慣れた黒い背びれがあった。

「光さーーん!!!」

 私は彼へ聞えるように、大きな声で彼の名前を呼んだ。光さんは耳が良いからきっと聞こえているに違いない。

「おお、千恵子!!」
「戻ってきたよ、光さん!!」
「そっか、そうかあ!」

 光さんが口を開けて、大いに喜んでいる。彼の口の中のぎざぎざした歯が奥までくっきりと見えたくらいだ。

「ごめんね、心配かけちゃって」
「良いって事よ。気にすんな。ところでどこに行ってたんだ?」
「ああ、本土にある実家のお屋敷」

 そこで私は自身の家族について光さんに話したのだった。ちなみに以前も家族の話を光さんにはした事がある。

「へえ、弟がいんのか。ああ、そういやそう言う話してたな」
「覚えてたんだ」
「シャチは物覚え良いんだぞ。という事はまたここで暮らすんだな?」
「うん」

 と頷くと、光さんはへへ……と笑ってくれたのだった。

 実家に帰り、時が過ぎていよいよ夏がやってきた。
 薄寒さが消えて気温が上がり、段々と蒸し暑くなって来る。

「千恵子さん、おはようございます。あら、もう起きてたんですか」
「うん、もう目が覚めて起きちゃった」

 沼霧さんがいつも通り私を起こしに来た時、既に私は着替えて布団を畳んでいた。寒さが無くなったので自然と起床しやすくなったのはあるかもしれない。
 沼霧さんと共に1階に降りて、新聞を読んでいる母親に挨拶をする。

「お母さんおはよう」
「おはよう千恵子。新聞読む?」
「……いい」

 新聞の内容は大体決まっている。日本軍の活躍ぶりについてだ。なら別に読む必要は無いと判断したのだった。

「朝食の準備が出来ました」

 沼霧さんが食卓に、お味噌汁をお盆に乗せてやってきた。

「どうぞ」
 
 食卓にお味噌汁を3人分置く。そしてお茶碗によそった麦ごはんと、キュウリの漬物を置いた。

「いただきます」