「本当なの?」

 自分でも理解できないくらいに、頭が混乱している。なぜまた、こんな時期に縁談なのだろうか。

「縁談にはこだわらなくていいって、お父さん……」
「実は、相手側から言われたんだ」
「そうなの?」
「ああ。千恵子の事も話したが……」

 聞けば、相手は陸軍の幹部で名家出身。私がまだ結婚していない事を知ると、ぜひうちに嫁に来て欲しいと言い出したのだという。

「いつになっても構わないとな」
「そうなんだ……」

 だが、相手側は出来れば子供が欲しいと望んでいるのだという。こんな身体では正直妊娠出産に耐えられるのか、不安だらけではある。

(子供を産めとなると、きつい)

 私のようなお嬢様は、名家に嫁ぎ子供を産む。出来れば健康でかつ優秀な跡取り息子を産むのが望ましいという考えがある。だが、こんな身体では……。

「考えさせて貰っても良い?」
「勿論」

 私は辛味入り汁かけ飯(カレーライス)のおかわりを食べ終えると、自室に戻った。

「どうしようかな」

 縁談を受けるか否か。受けるとして、いつまで療養し、嫁ぐのか。

「とりあえずもう一度、お父さんの所へ行こう」

 父親は、自身の書斎に移動していた。書斎で何やら筆を動かしていたようだ。

「失礼します」
「千恵子か、入りなさい」
「はい……さっきの話なんだけど、相手の情報もっと教えてほしい。写真とか」

 父親から相手の写真を見せてくれた。軍服姿の相手は私より5歳年上なのだという。目元は穏やかだが、口元は厳しくぎゅっと結ばれている。

「どんな方?」
「文武両道で、真面目な方だそうだ」

 お見合いでよく聞く定型文みたいな返しだった。まあ、私はお見合いなんてした事なくて、友人の経験談に基づくものにはなるが。

「千恵子、どうする」

 やはり、自信が無い。それに今の生活も気に入っている。申し訳ないが断るしか選択肢は無い。

「ごめんなさい。お断り致します」
「……分かった」
「……お父さん、ごめんなさい」
「千恵子、謝らなくても良い」

 謝らなくても良いという言葉に、少しだけ安堵と申し訳無さの二律背反な感情が浮かび上がったのだった。

(私はまだ……結婚はいいのかもしれない)