「離してっ! 私は戦いたくなんか……!」
「もう諦めなよ〜。ここまで来ちゃったんだからさっ」
「無理やり連れてきたくせに……」
「本気で抵抗しないのが悪いよ〜」
僕達はウルブの森にある泉の前に訪れていた。
アヤメさんにはアオの腕を掴んで強引に連れてきて貰って。万一逃げられた時の事を考え、後方にはモモ先輩と林原さん、コノにいてもらっていた。それに、三人には隠れていて貰っており、まだアオには気付かれていない。しかし、暴れ出す事はなく言葉と少し嫌がる素振りだけでここまで来た。
アオは、掴まれていた手が離れると今度は矛先を僕の方へ。
「ユウ、どういうつもりなの? 私と戦うなんて!」
彼女から怒りの感情を向けられるのは、あまりなかった事で、少し気圧されてしまうけど、そこで怖気づく事はない。
「言葉だけじゃ何も変わらないから。ぶつかるしかないと思ったんだ」
「だから戦うって……意味わかんないよ!」
「その意味を分かってもらうには戦わないと駄目だから。……アヤメさん、お願いします」
会話を区切り、話を進めるため僕はアヤメさんに声をかけ、次の作戦決行の合図をした。
すると、僕とアオ以外のメンバーが離れた位置に移動。そして、アヤメさんは懐から一つのマギアを取り出す。それは南京錠のような形をしていて、それがこちらの頭上に投げ込まれた。
「……まさかっ」
強い光を放つと、その南京錠を中心として僕とアオを広々と円を描いて囲むように薄い光の膜が発生した。
「ユウ……こんなにしてまで戦いたいの? 私、分からないよ。何を考えているの?」
「それは戦えばわかるよ」
僕は彼女に背を向けて反対側の光の膜の端っこまで真っ直ぐ歩いて、彼女から離れる。途中、茂みに隠れている林原さんやモモ先輩、コノの様子を伺うと、三人ともアオを見て少し辛そうな表情をするけれど、きゅっと口を結んでいた。
「そんなに……戦いたいの……? 本当は……私の事を恨んで嫌いだったの?」
「……」
喉から飛び出そうとする言葉を押し込んだ。反論してもきっと信じて貰えない。それに、そう思われても仕方ない事を今はしている。でも、先に進めば大丈夫なはずだ。
二十メートルほど距離を取ってから、僕は棒立ちのままのアオへ向き直る。
「アオ! 今から本気の勝負してもらうよ!」
「勝負って」
「ルールは簡単。お互いの持ってる力を使って、先に本気の一撃を与えた方が勝ちだよ!」
参考にしたのはホノカとやっていた勝負。あれは棒を先に当てるものだったけれど、今回は本当の武器を扱う。
「私はそんな事……ユウと戦うなんて……出来ないよ」
「駄目だよ〜。葵も分かってるでしょ? あのマギアの効果をさ〜」
「師匠……止めてよ」
「さっきも言ったでしょ? このままにするわけにはいかないって」
あのマギアは、簡単に言えば小さな結界を作り出す物だ。どれだけ攻撃しても内側からも外側からも破壊出来ない壁を作り出してくれる。もちろん解除方もあって、それは使用者のみが持つ鍵で。それが唯一の方法でもある。
「私は勝負がつくまで開けないからね〜。葵に選択肢は……ないよ」
「……っ!」
アオはギリッと唇を噛んで、感情の波が彼女の身体を震わせている。
「どうしても……なんだ」
ふっと諦めたように腕がだらんと下がる。そして、彼女は勝負を受けると言うように、戦闘服を身に纏い、ロストソードを手にした。
「だったら……すぐに終わらせる」
「受けてくれるんだね」
「受けさせられるんだよ。ユウのせいでね」
こんな状況なのに嫌味一つだけで、やっぱりアオは優しい。それに漬け込んでいて、最低だなと思うけれど、もう引き返せない。
僕もまた戦闘服である制服にチェンジしてロストソードを出現させて、刃を彼女に。
「それじゃあ合図は私がやるね〜」
緊迫した状況に緩い調子の言葉が響く。それが嫌な緊張感を引き立たせてくる。
相対するアオも当然やる気ではなくて、剣先も地面に向かっていて。早く終わらせる、ポーズをすることもなかった。
「それじゃあ〜始め〜!」
締まらない合図だけど勝負が始まった。
「……」
僕はまずアオの出方を伺う。しかし、彼女は始まった事に気づいていない、そう勘違いさせてくるほど脱力している。
何かの罠か、やる気がないのか。ただ、それならこっちから行くまで。
「力を借りるよ、ホノカ」
赤髪のエルフの少女の姿を思い浮かべると紅の刀身が現れて、それが僕の腹を突き刺した。
「ゆ、ユウっ!?」
そういえばアオがこれを見るのは初めてだった。切腹のような光景に、悲鳴を含んだ声を上げる。
「……え?」
続いて訪れた僕の身体の変化に口を半開きにしてパチパチと瞬きをする。
「これが僕のロストソードの力。ソウルの一部を纏うんだ。心を通わせた人達の力を借りて戦う」
「何だか……ユウらしいね」
「らしいだけじゃないよ、僕らしくない力だってあるんだ! シ火スイ球ミ炎熱ノリ焼カ……」
「詠唱って……まさか」
いきなり接近戦はせず、まずはホノカの力で安全に攻撃する。そして手始めにグローブで魔力が上がってはいるけれど、軽めに魔法を放つ。
「フレイム!」
小さな火球が真っ直ぐ無防備に突っ立っているアオへと向かう。
「……」
なのに彼女は動く素振りを見せない。それどころか待っているようで。
「……っ!」
ついに回避行動を取ることはなくて、直撃する瞬間、彼女は左腕で身体を庇った。
「痛てて」
「あ、アオ……」
服の袖に少し焦げたような跡が残っているけれど、あまりダメージは入っていないようだった。
「けど、先に攻撃を受けちゃったから私の負けだね」
「……それは」
「これで勝負はおしまい。師匠、早く出して」
最速で簡潔に終了させるために攻撃を待っていたようだ。ある程度予測は出来た行動だけど、攻撃をワザと受けにいけるのは凄い。もしくは、僕の力はイシリスの英雄には大した事ないのかも。
「駄目だよ〜?」
「なぁ……どうして!」
「最初に言ったよ〜? お互いの持ってる力を使って、先に本気の一撃を与えた方が勝ちだよって。葵は力を使っていない上に、さっきの優羽くんの攻撃は本気のじゃなかった。よって、有効な攻撃じゃありませんでした〜。なので続行です!」
これはアオはこうしてくるだろうとアヤメさんが考えてくれた作戦だ。
「ふ、ふざけないでよ! そんなのおかしい! というか師匠が鍵を持ってる時点でズルし放題じゃん!」
「何もおかしくないよ〜? それに受けたのは葵の意思だし。私は示したルールに基づいて勝負を見るよ〜。そこだけは師匠としてマジだから」
「……っ」
アオは反論をしようと口を開こうとするも、その本気度に意味をなさいと悟ったのか言葉を閉ざした。
「本当……意味わかんないよ!」
そして感情を爆発させるようにロストソードを両手に持つと剣に桃色の光を纏わせ、アヤメさんの方に向かって桃色の巨大な斬撃を飛ばした。
けれど、結界はびくともせずアヤメさんには届かない。
「そうそう、そんな感じで戦ってね〜」
「ああもうっ!」
アオはヤケになったように、今度は刀身を銀色に輝かせる。あれは多分、レイアちゃんの力だ。
「ユウ、行くよ!」
「……」
そう宣言すると、剣を横に薙ぎ払い同色の斬光を放ってくる。あれは途中で二つに分裂する技だ。呪文を唱えてる間は無い、回避しないと。ここで負けるわけにはいかない。
「って、あれ?」
予想通り途中で二つになったのだけど、それは僕を避けるような軌道で、近くの地面に落ちた。そこには抉られて深々と跡が残っている。
「……外しちゃった」
わざとらしい態度で悔しがる。
「こんなの当たったら、ワンチャン死んじゃうかもだよ。……ねぇ、もう止めにしない?」
今度は戦意を喪失させる作戦みたいだ。確かに当たればひとたまりもない。普通なら怖くてすぐに止めたくなるだろう。
「悪いけど僕はそれでは怖がらないんだ」
けど、僕は違う。それくらいじゃ歩みは止まらない。
「死ぬのが怖くないの?」
「……」
僕は肯定も否定もせずモモ先輩とコノに目をやる。彼女達は祈るように両手を組んで、こちらを見つめていた。
二人のおかげで今の僕は死ぬわけにはいかなくなっていて、そういう意味じゃ怖い。ただ、この状況にいたっては、そもそも死ぬ事はない、そう確信出来ていた。だから大丈夫。
「私の……せいだよね。あの時もそうやって無茶をしていた。そんな事をしちゃうのは、私があの世界から逃げてユウを苦しませて死に進ませたから」
「アオのせいじゃ……」
「ううん、これは私の責任。……だからもうそんな事をしてくれないよう怖くなるまでやらなきゃ……せめてもの罪滅ぼしに」
自分自身のせいだと結論づけてしまった。否定しても意味はなさなそうで、そんな風にやる気になってくれたのはちょうど良い。
「せいやぁ!」
「くっ」
さっきと同じ攻撃を仕掛けてくる。双頭の銀の斬撃はギリギリ僕の足元に落ちた。外すようにしているけれど、少しでもズレていれば僕の両足は宙を舞っていただろう。当たらないと分かっていても恐ろしいものがある。
「どう? サレンダーしようよ」
「当たってないからね。こっちも……!」
僕は高速で呪文を唱える。その間、何度も死の刃が飛翔してくるけれど、上手いこと僕には当たらないようにしつつも、全てがスレスレで。まるで落ちたら終わりの綱渡りをさせられている気分で生きた心地がしない。
「バーニング!」
乱れる精神を何とか落ち着け、狙い定めて火球を連続で放った。今回は本気の連撃、グローブで火力が上乗せされたそれらが襲いかかる。
「はぁっ!」
アオは特殊な技を使うでもなく、その炎の玉たちを目に留まらぬ速さで剣を振り捌いていく。何一つ届きそうな予感もさせず切り落とされてしまった。
「どう? そろそろ諦めない?」
「くどいよ。それにまだ技はある! 炎カ獄ラシ絶レヤガ煉シヨイ熱リ灼ス……」
「……はぁ」
僕は一歩ずつ距離を縮めながら、巨大魔法の呪文を唱える。何発も銀色が邪魔しようとしてくるけど、憶せず進んで進んで、進んでいく。そして、唱え終わると掌に破壊的な魔力が溜まった。
「……!」
その力の余波によって周囲の空間が震えて、放つ瞬間は時が止まったような静寂に包まれた。
「インフェルノォォォ!」
「こんな……魔法まで……」
地獄の業火がアオを飲み込もうと地面を蹂躙して強襲する。流石の彼女も驚きの表情を見せ、少しやり返せたようでニヤリと口元が緩んだ。
「でも無駄だよ……せいやぁぁぁぁ!」
何とこれを見ているのに技を使わず、素のままロストソードを両手で握ると。
「嘘でしょ?」
その前方のもの全てを灰燼にするほどの魔法を真っ二つに斬り裂いてしまった。炎はあっけなくかき消えてしまう。
「ふぅ……危なかった」
「流石に強すぎでしょ」
アオは一仕事したように額の汗を軽く拭った。最大級の魔法をたったそれだけ。英雄とか言われているけど、こちらからしてみれば魔王みたいな強さだ。これが勝負の結果を求めるものだったら絶望もの。けれど、そうじゃないから折れない。
「うぐぅ!?」
「ユウ!」
魔法の反動がやってくる。強い疲労感と心臓の痛み、これを待っていた。
「も、もう十分でしょ? このまま戦ったら……」
「こっからだよ」
僕はホノカ状態を解除。ロストソードを再び手にして、今度はギュララさんを思い起こせば、藍色に輝き、剣は僕の中に入っていった。
「その姿は……ギュララさんの」
「くっ……そっちに行くよ!」
ギュララさんの力を纏うと、身体能力が上がるからか疲れが少し和らいだ。その勢いで僕は駆け出す、アオへと。
「来ないで!」
拒絶するようにまた銀色の光が降り注ぐ。でもやっぱりそれはこちらを避けるように途中で二つに別れてしまって。
だから僕は敢えて右へと避けようとした一方に向かって飛びかかった。
「何をしてっ……!」
「デスクローォォォ!」
デスベアーと同じ強靭な爪が力を溜めて血染め色になり、インフェルノと同等くらいのパワーをそれにぶつけた。
「ぐ……うらぁぁぁ!」
小さいのに物凄い威力だった。でも、このくらいならこちらの方が強い。僕は銀色を紅で切り裂いた。
「ユウが……私の技を打ち消すなんて」
「僕は強くなったんだ。アオが思うほど守られるだけの存在じゃあ……がはっ!」
「ああ……!」
血反吐を出してしまうんじゃないかと思うほどの衝撃が体内から外へときた。まるで伴って長距離を走った後ような疲れが現れる。
「はぁ、はぁ……まだまだ!」
「もう駄目だよっ!」
距離を詰めるとまた飛んでくる。また僕は迎え撃ってそれを撃ち落とす。
「ぐっ……がぁぁ!」
さっきよりも強い反動。心臓が潰されるような痛みだ。視界も意識も揺れる。それでも前へと。
「嫌っ! そんなにまでして……私を苦しめたいの? 傷つけたいの?」
「……あぁぁぁぁ!」
飛んできてまた切り裂いて。身体もまた引き裂かれるような苦痛。意識は混濁して、叫ぶことすら出来なくなっていく。でも足も腕も意思も生きてる。
「……まだ」
「っ! ユウは本当の本当は恨んでたんだ。そうだよね、助けてくれた君を置いて逃げたんだから」
同じ事の繰り返す。身体も心も悲鳴を上げられないくらい苦しんでいる。もう自分が何かもわからなくなりそう。そんな中でもやる事だけははっきりとしていて。
「が……ぁぁぁぁ!」
「長い間、死に進ませるくらい苦しませて。その上、こっちにいた私は過去からも逃げようとミズアだなんて名乗って」
また攻撃を受けにいって弾き飛ばす。一瞬でも気を抜けば駄目になる。全身を引きずるように前に前に。
「ぁ……」
そうしていれば、アオまでもう十メートルもない。まだ大丈夫、動いている。多分だけど。
「その上、私はこっちの世界でもユウを死なせるところで。本当に……最低だよね。恨まれても当然だよね」
「……」
もう答える力も残っていない。だけど彼女はもう目の前で、攻撃が来ることもない。腕をだらんと下げてそこに戦う意思はもうなくなっていて。
「それでいて責任も果たせなかった。なら……もう」
目を瞑り全てを受け入れる、その様子は最期を待つ人間のそれだった。僕とアオが持つ本気の一撃を先に与えるというのは、死に直結する。それを悟ったような姿だった。
「……いいよ、私はユウを殺した。なら、その権利はあるし、私はそれを受け入れて責任を取る」
何をしているのか自分でもはっきり認識出来る状態にないけど、その圧倒的な力はすぐに知覚出来て。
「デス――」
「……さようなら。……そしてごめんなさいユウ」
「――クロー」
その力を振り下ろした。風をきり空をきり、服を突き破り、そして肌へと爪先が触れようとしたその瞬間。
「――」
糸が切れたように力が失われた。同時に意識は白一色に塗り潰されていく。
「うまく……いった」
そうして最後は全て闇の中に溶けてしまった。
「ユウ!」
最後に一瞬、微かに聞き馴染みのある呼び声と身体を支えてくれる仄かな温もりを感じた。
「もう諦めなよ〜。ここまで来ちゃったんだからさっ」
「無理やり連れてきたくせに……」
「本気で抵抗しないのが悪いよ〜」
僕達はウルブの森にある泉の前に訪れていた。
アヤメさんにはアオの腕を掴んで強引に連れてきて貰って。万一逃げられた時の事を考え、後方にはモモ先輩と林原さん、コノにいてもらっていた。それに、三人には隠れていて貰っており、まだアオには気付かれていない。しかし、暴れ出す事はなく言葉と少し嫌がる素振りだけでここまで来た。
アオは、掴まれていた手が離れると今度は矛先を僕の方へ。
「ユウ、どういうつもりなの? 私と戦うなんて!」
彼女から怒りの感情を向けられるのは、あまりなかった事で、少し気圧されてしまうけど、そこで怖気づく事はない。
「言葉だけじゃ何も変わらないから。ぶつかるしかないと思ったんだ」
「だから戦うって……意味わかんないよ!」
「その意味を分かってもらうには戦わないと駄目だから。……アヤメさん、お願いします」
会話を区切り、話を進めるため僕はアヤメさんに声をかけ、次の作戦決行の合図をした。
すると、僕とアオ以外のメンバーが離れた位置に移動。そして、アヤメさんは懐から一つのマギアを取り出す。それは南京錠のような形をしていて、それがこちらの頭上に投げ込まれた。
「……まさかっ」
強い光を放つと、その南京錠を中心として僕とアオを広々と円を描いて囲むように薄い光の膜が発生した。
「ユウ……こんなにしてまで戦いたいの? 私、分からないよ。何を考えているの?」
「それは戦えばわかるよ」
僕は彼女に背を向けて反対側の光の膜の端っこまで真っ直ぐ歩いて、彼女から離れる。途中、茂みに隠れている林原さんやモモ先輩、コノの様子を伺うと、三人ともアオを見て少し辛そうな表情をするけれど、きゅっと口を結んでいた。
「そんなに……戦いたいの……? 本当は……私の事を恨んで嫌いだったの?」
「……」
喉から飛び出そうとする言葉を押し込んだ。反論してもきっと信じて貰えない。それに、そう思われても仕方ない事を今はしている。でも、先に進めば大丈夫なはずだ。
二十メートルほど距離を取ってから、僕は棒立ちのままのアオへ向き直る。
「アオ! 今から本気の勝負してもらうよ!」
「勝負って」
「ルールは簡単。お互いの持ってる力を使って、先に本気の一撃を与えた方が勝ちだよ!」
参考にしたのはホノカとやっていた勝負。あれは棒を先に当てるものだったけれど、今回は本当の武器を扱う。
「私はそんな事……ユウと戦うなんて……出来ないよ」
「駄目だよ〜。葵も分かってるでしょ? あのマギアの効果をさ〜」
「師匠……止めてよ」
「さっきも言ったでしょ? このままにするわけにはいかないって」
あのマギアは、簡単に言えば小さな結界を作り出す物だ。どれだけ攻撃しても内側からも外側からも破壊出来ない壁を作り出してくれる。もちろん解除方もあって、それは使用者のみが持つ鍵で。それが唯一の方法でもある。
「私は勝負がつくまで開けないからね〜。葵に選択肢は……ないよ」
「……っ!」
アオはギリッと唇を噛んで、感情の波が彼女の身体を震わせている。
「どうしても……なんだ」
ふっと諦めたように腕がだらんと下がる。そして、彼女は勝負を受けると言うように、戦闘服を身に纏い、ロストソードを手にした。
「だったら……すぐに終わらせる」
「受けてくれるんだね」
「受けさせられるんだよ。ユウのせいでね」
こんな状況なのに嫌味一つだけで、やっぱりアオは優しい。それに漬け込んでいて、最低だなと思うけれど、もう引き返せない。
僕もまた戦闘服である制服にチェンジしてロストソードを出現させて、刃を彼女に。
「それじゃあ合図は私がやるね〜」
緊迫した状況に緩い調子の言葉が響く。それが嫌な緊張感を引き立たせてくる。
相対するアオも当然やる気ではなくて、剣先も地面に向かっていて。早く終わらせる、ポーズをすることもなかった。
「それじゃあ〜始め〜!」
締まらない合図だけど勝負が始まった。
「……」
僕はまずアオの出方を伺う。しかし、彼女は始まった事に気づいていない、そう勘違いさせてくるほど脱力している。
何かの罠か、やる気がないのか。ただ、それならこっちから行くまで。
「力を借りるよ、ホノカ」
赤髪のエルフの少女の姿を思い浮かべると紅の刀身が現れて、それが僕の腹を突き刺した。
「ゆ、ユウっ!?」
そういえばアオがこれを見るのは初めてだった。切腹のような光景に、悲鳴を含んだ声を上げる。
「……え?」
続いて訪れた僕の身体の変化に口を半開きにしてパチパチと瞬きをする。
「これが僕のロストソードの力。ソウルの一部を纏うんだ。心を通わせた人達の力を借りて戦う」
「何だか……ユウらしいね」
「らしいだけじゃないよ、僕らしくない力だってあるんだ! シ火スイ球ミ炎熱ノリ焼カ……」
「詠唱って……まさか」
いきなり接近戦はせず、まずはホノカの力で安全に攻撃する。そして手始めにグローブで魔力が上がってはいるけれど、軽めに魔法を放つ。
「フレイム!」
小さな火球が真っ直ぐ無防備に突っ立っているアオへと向かう。
「……」
なのに彼女は動く素振りを見せない。それどころか待っているようで。
「……っ!」
ついに回避行動を取ることはなくて、直撃する瞬間、彼女は左腕で身体を庇った。
「痛てて」
「あ、アオ……」
服の袖に少し焦げたような跡が残っているけれど、あまりダメージは入っていないようだった。
「けど、先に攻撃を受けちゃったから私の負けだね」
「……それは」
「これで勝負はおしまい。師匠、早く出して」
最速で簡潔に終了させるために攻撃を待っていたようだ。ある程度予測は出来た行動だけど、攻撃をワザと受けにいけるのは凄い。もしくは、僕の力はイシリスの英雄には大した事ないのかも。
「駄目だよ〜?」
「なぁ……どうして!」
「最初に言ったよ〜? お互いの持ってる力を使って、先に本気の一撃を与えた方が勝ちだよって。葵は力を使っていない上に、さっきの優羽くんの攻撃は本気のじゃなかった。よって、有効な攻撃じゃありませんでした〜。なので続行です!」
これはアオはこうしてくるだろうとアヤメさんが考えてくれた作戦だ。
「ふ、ふざけないでよ! そんなのおかしい! というか師匠が鍵を持ってる時点でズルし放題じゃん!」
「何もおかしくないよ〜? それに受けたのは葵の意思だし。私は示したルールに基づいて勝負を見るよ〜。そこだけは師匠としてマジだから」
「……っ」
アオは反論をしようと口を開こうとするも、その本気度に意味をなさいと悟ったのか言葉を閉ざした。
「本当……意味わかんないよ!」
そして感情を爆発させるようにロストソードを両手に持つと剣に桃色の光を纏わせ、アヤメさんの方に向かって桃色の巨大な斬撃を飛ばした。
けれど、結界はびくともせずアヤメさんには届かない。
「そうそう、そんな感じで戦ってね〜」
「ああもうっ!」
アオはヤケになったように、今度は刀身を銀色に輝かせる。あれは多分、レイアちゃんの力だ。
「ユウ、行くよ!」
「……」
そう宣言すると、剣を横に薙ぎ払い同色の斬光を放ってくる。あれは途中で二つに分裂する技だ。呪文を唱えてる間は無い、回避しないと。ここで負けるわけにはいかない。
「って、あれ?」
予想通り途中で二つになったのだけど、それは僕を避けるような軌道で、近くの地面に落ちた。そこには抉られて深々と跡が残っている。
「……外しちゃった」
わざとらしい態度で悔しがる。
「こんなの当たったら、ワンチャン死んじゃうかもだよ。……ねぇ、もう止めにしない?」
今度は戦意を喪失させる作戦みたいだ。確かに当たればひとたまりもない。普通なら怖くてすぐに止めたくなるだろう。
「悪いけど僕はそれでは怖がらないんだ」
けど、僕は違う。それくらいじゃ歩みは止まらない。
「死ぬのが怖くないの?」
「……」
僕は肯定も否定もせずモモ先輩とコノに目をやる。彼女達は祈るように両手を組んで、こちらを見つめていた。
二人のおかげで今の僕は死ぬわけにはいかなくなっていて、そういう意味じゃ怖い。ただ、この状況にいたっては、そもそも死ぬ事はない、そう確信出来ていた。だから大丈夫。
「私の……せいだよね。あの時もそうやって無茶をしていた。そんな事をしちゃうのは、私があの世界から逃げてユウを苦しませて死に進ませたから」
「アオのせいじゃ……」
「ううん、これは私の責任。……だからもうそんな事をしてくれないよう怖くなるまでやらなきゃ……せめてもの罪滅ぼしに」
自分自身のせいだと結論づけてしまった。否定しても意味はなさなそうで、そんな風にやる気になってくれたのはちょうど良い。
「せいやぁ!」
「くっ」
さっきと同じ攻撃を仕掛けてくる。双頭の銀の斬撃はギリギリ僕の足元に落ちた。外すようにしているけれど、少しでもズレていれば僕の両足は宙を舞っていただろう。当たらないと分かっていても恐ろしいものがある。
「どう? サレンダーしようよ」
「当たってないからね。こっちも……!」
僕は高速で呪文を唱える。その間、何度も死の刃が飛翔してくるけれど、上手いこと僕には当たらないようにしつつも、全てがスレスレで。まるで落ちたら終わりの綱渡りをさせられている気分で生きた心地がしない。
「バーニング!」
乱れる精神を何とか落ち着け、狙い定めて火球を連続で放った。今回は本気の連撃、グローブで火力が上乗せされたそれらが襲いかかる。
「はぁっ!」
アオは特殊な技を使うでもなく、その炎の玉たちを目に留まらぬ速さで剣を振り捌いていく。何一つ届きそうな予感もさせず切り落とされてしまった。
「どう? そろそろ諦めない?」
「くどいよ。それにまだ技はある! 炎カ獄ラシ絶レヤガ煉シヨイ熱リ灼ス……」
「……はぁ」
僕は一歩ずつ距離を縮めながら、巨大魔法の呪文を唱える。何発も銀色が邪魔しようとしてくるけど、憶せず進んで進んで、進んでいく。そして、唱え終わると掌に破壊的な魔力が溜まった。
「……!」
その力の余波によって周囲の空間が震えて、放つ瞬間は時が止まったような静寂に包まれた。
「インフェルノォォォ!」
「こんな……魔法まで……」
地獄の業火がアオを飲み込もうと地面を蹂躙して強襲する。流石の彼女も驚きの表情を見せ、少しやり返せたようでニヤリと口元が緩んだ。
「でも無駄だよ……せいやぁぁぁぁ!」
何とこれを見ているのに技を使わず、素のままロストソードを両手で握ると。
「嘘でしょ?」
その前方のもの全てを灰燼にするほどの魔法を真っ二つに斬り裂いてしまった。炎はあっけなくかき消えてしまう。
「ふぅ……危なかった」
「流石に強すぎでしょ」
アオは一仕事したように額の汗を軽く拭った。最大級の魔法をたったそれだけ。英雄とか言われているけど、こちらからしてみれば魔王みたいな強さだ。これが勝負の結果を求めるものだったら絶望もの。けれど、そうじゃないから折れない。
「うぐぅ!?」
「ユウ!」
魔法の反動がやってくる。強い疲労感と心臓の痛み、これを待っていた。
「も、もう十分でしょ? このまま戦ったら……」
「こっからだよ」
僕はホノカ状態を解除。ロストソードを再び手にして、今度はギュララさんを思い起こせば、藍色に輝き、剣は僕の中に入っていった。
「その姿は……ギュララさんの」
「くっ……そっちに行くよ!」
ギュララさんの力を纏うと、身体能力が上がるからか疲れが少し和らいだ。その勢いで僕は駆け出す、アオへと。
「来ないで!」
拒絶するようにまた銀色の光が降り注ぐ。でもやっぱりそれはこちらを避けるように途中で二つに別れてしまって。
だから僕は敢えて右へと避けようとした一方に向かって飛びかかった。
「何をしてっ……!」
「デスクローォォォ!」
デスベアーと同じ強靭な爪が力を溜めて血染め色になり、インフェルノと同等くらいのパワーをそれにぶつけた。
「ぐ……うらぁぁぁ!」
小さいのに物凄い威力だった。でも、このくらいならこちらの方が強い。僕は銀色を紅で切り裂いた。
「ユウが……私の技を打ち消すなんて」
「僕は強くなったんだ。アオが思うほど守られるだけの存在じゃあ……がはっ!」
「ああ……!」
血反吐を出してしまうんじゃないかと思うほどの衝撃が体内から外へときた。まるで伴って長距離を走った後ような疲れが現れる。
「はぁ、はぁ……まだまだ!」
「もう駄目だよっ!」
距離を詰めるとまた飛んでくる。また僕は迎え撃ってそれを撃ち落とす。
「ぐっ……がぁぁ!」
さっきよりも強い反動。心臓が潰されるような痛みだ。視界も意識も揺れる。それでも前へと。
「嫌っ! そんなにまでして……私を苦しめたいの? 傷つけたいの?」
「……あぁぁぁぁ!」
飛んできてまた切り裂いて。身体もまた引き裂かれるような苦痛。意識は混濁して、叫ぶことすら出来なくなっていく。でも足も腕も意思も生きてる。
「……まだ」
「っ! ユウは本当の本当は恨んでたんだ。そうだよね、助けてくれた君を置いて逃げたんだから」
同じ事の繰り返す。身体も心も悲鳴を上げられないくらい苦しんでいる。もう自分が何かもわからなくなりそう。そんな中でもやる事だけははっきりとしていて。
「が……ぁぁぁぁ!」
「長い間、死に進ませるくらい苦しませて。その上、こっちにいた私は過去からも逃げようとミズアだなんて名乗って」
また攻撃を受けにいって弾き飛ばす。一瞬でも気を抜けば駄目になる。全身を引きずるように前に前に。
「ぁ……」
そうしていれば、アオまでもう十メートルもない。まだ大丈夫、動いている。多分だけど。
「その上、私はこっちの世界でもユウを死なせるところで。本当に……最低だよね。恨まれても当然だよね」
「……」
もう答える力も残っていない。だけど彼女はもう目の前で、攻撃が来ることもない。腕をだらんと下げてそこに戦う意思はもうなくなっていて。
「それでいて責任も果たせなかった。なら……もう」
目を瞑り全てを受け入れる、その様子は最期を待つ人間のそれだった。僕とアオが持つ本気の一撃を先に与えるというのは、死に直結する。それを悟ったような姿だった。
「……いいよ、私はユウを殺した。なら、その権利はあるし、私はそれを受け入れて責任を取る」
何をしているのか自分でもはっきり認識出来る状態にないけど、その圧倒的な力はすぐに知覚出来て。
「デス――」
「……さようなら。……そしてごめんなさいユウ」
「――クロー」
その力を振り下ろした。風をきり空をきり、服を突き破り、そして肌へと爪先が触れようとしたその瞬間。
「――」
糸が切れたように力が失われた。同時に意識は白一色に塗り潰されていく。
「うまく……いった」
そうして最後は全て闇の中に溶けてしまった。
「ユウ!」
最後に一瞬、微かに聞き馴染みのある呼び声と身体を支えてくれる仄かな温もりを感じた。



