「それじゃあ、俺は仕事に戻るよ。頑張ってな、応援してる」
「ありがとうございます、カイトさん。また、どこかで」 
「さようならです」

 僕達はカイトさんと別れてから、早速行動に移す事を決めた。家へと戻る足は重りがなくなったように軽やかで、けれど地に足がついていないような気もしてどこか不安感もあって。でも止まるわけにはいかない。だって、今の勢いのままいられず、少しでも立ち止まってしまえば、臆病な自分はきっと、動けなくなってしまうだろうから。

「ゆ、ユウワさん。歩くの……早いです」
「ご、ごめん。ちょっと心が急いじゃって」

 焦っているわけじゃないけど、心に身体が連れられてしまって、コノの事を失念していた。一緒に散歩をしていたというのに。

「いいえ。それよりも、何だかお元気になったみたいで良かったです」
「……吹っ切れたんだ。コノに苦しみや罪悪感を受け止めて包みこんでもらえて、カイトさんに背中を押されてさ。今なら、アオと向き合えそうなんだ」
「ふふっ。お役に立てて良かったです。それに」

 コノは僕を見上げてにこりと微笑むと。

「コノは、明るい顔をしてるユウワさんを見れてすっごく嬉しいです!」
「……」

 真っ直ぐ好意をぶつけられると、やっぱり恥ずかしくなってしまう。

「何かお手伝いする事があれば頼ってくださいね。もっとユウワさんの力になりたいです」
「もう十分なくらい力になってくれてるよ。……けどその時はまたお願いする。頼りにしてるね」
「はい!」

 眩しい笑顔で答えてくれて、その嬉しさからか僕の手を握ると、引っ張るように歩き出す。

「最後まで一緒ですからね!」
「……うん!」

 僕達はマギア店まで、互いに気にし合いながら歩幅を合わせて歩いた。周りの人から微笑ましげな視線を向けられて気恥ずかしかったけれど、コノはとても幸せそうで、それを見れるならそんな気持ちどうって事なくて。それがまた、アオと向き合う勇気に、さらに火を点けてくれた。



 魔道具店に戻ってから僕達はモモ先輩と、林原さんが作ってくれた朝食を食べる事に。その間に、僕はこれからアオと向き合う事と、そのやり方を伝えた。
 それは、あまりに強引で危ない橋を渡るもので、皆不安そうにしたけれど、最後は快く協力してくれると言ってくれて。それがまた進むエンジンになった。

「……アヤメさん」

 そして最後にもう一人話さないといけない人がいて、朝食を終えた僕は店の表にいるアヤメさんの下へ向かった。

「どーしたのかな? 真剣な表情だけど」
「お話があります、アオの事についてです」
「うん、いいよ。まだだーれもいないからね」

 いつものように軽い口調だけど、表情は少し引き締まっている。こちらの心持ちもピンとしてしまう。

「……今日僕は、アオと本気で向き合おうと思うんです。どんなに彼女が拒絶したとしても」
「ほほう? それは中々強引で、君らしくないやり方だねー」
「今までみたいにただ声をかけるだと、アオの壁は壊せないので」
「そうだね~少なくとも優しさだけじゃ、どうしようもない」

 どうやら僕達は見ていないようで、意外にも見られていたみたいだ。アヤメさんは、ウンウンと頷いて、理解を示してくれる。

「それで君は……ガチなんだね?」
「……っ」

 アヤメさんは、視線と言葉を鋭く尖らせる。それは、本気なのか覚悟を問いてきていて。今まで隠れていた緊張感がブワッと襲いかかってきた。

「……ガチじゃなきゃ、向き合えないです」
「だよね~」

 その答えを聞くとすぐに、朗らかな空気感に様変わり。アヤメさんは肩を竦めて微笑みを浮かべた。息がしやすくなる。

「ほっ」
「ニヒヒっ、ごめんね〜怖がらせちゃって。一応あの子の師匠だからさ〜ちゃんと聞いておきたいって思ったんだ〜」

 何だか、彼女の親に挨拶するみたいな雰囲気を感じてしまった。きっと、アオにとってこの世界での母みたいな人だろうから。

「それでそれで、具体的にどうあの子の壁を壊すのかな?」
「え~とそれはですね」

 さっきまで親の顔をしていたと思えば、次は子供のような興味津々な表情を見せる。それに精神が揺さぶられそうになりながらも、僕は作戦を話した。
「……という感じなんですけど……どうでしょう?」
「……」

 聞き終えたアヤメさんは、軽く口を開けたまま、瞳をパチクリとする。

「えっと……それって君が考えたの?」
「は、はい、基本的にそうですね。他の三人から修正案を貰ったくらいで」

 流石にやり過ぎただろうか。確かに、弟子に対してそんな事をすると言われたら、普通なら気分は良くないはずだ。

「君は予想以上に……ヤバいね」
「あ、アヤメさん?」
「ニヒヒっ、それ超面白いじゃん! 君はゼロか百しかないのかな? 本当最高!」
「えぇ……」

 そうだこの人は普通じゃなかった。発案している僕が思うのもなんだけど、この作戦で面白がれるのは、ちょっと引いてしまう。

「それならアオの壁をぶち壊せそうだね。ちゃんと君の意図が伝われば」

 アヤメさんにもお墨付きを貰えると自信になる。別の意味で不安にはなってきたけれど。

「それでなんですけど」
「分かっているよ〜。その舞台は私が整えるしサポートもしっかりする。万一の事がないようにね」
「ありがとうございます! それならとても安心です」

 正直、これからやろうとしている事は相当な綱渡りで、危険が伴う。命綱があると助かる。

「そういえば、今アオはどうしてますか?」
「朝ご飯は食べたみたい。もちろん引きこもってるよ〜」
「作戦は午後にやろうと思ってるんです。場所はさっき話した通り、ウルブの森にある泉と巨木があるあそこで」

 この世界に来て目覚めた始まりの場所で、僕とアオが再会したあの場所で、過去の決着をつける。

「りょーかい。それじゃあ、準備しておくから、時間になったら声をかけて」
「ありがとうございます。それじゃあ、後ほどよろしくお願いします」
「ニヒヒっ。君のガチ、楽しみにしてるよっ!」

 これで僕の出来る準備を終えた。後は時を待つだけ。これからが勝負だ。



 真ん中にあった陽が傾きだした頃、僕は部屋から出て四人に時間だと伝えた。すると、皆から励ましの言葉を貰えて、緊張を少しほどいて貰えて。そして僕はアヤメさんと共にアオの部屋の前に訪れた。
 相変わらず扉は固く閉ざされている。たった一枚ドアなのに、それはとても厚く冷えているように感じてしまう。

「心の準備は出来たかな?」
「すぅーはぁー……よしっ! 行けます!」

 深呼吸をして心を整えて向こうにいるアオに意識を切り替える。これから起こることを想像しながら覚悟を決めた。

「じゃあ先に私が入るから、だいじょーぶそうなら呼ぶね。変な格好してたら気まずいだろうし」
「……」

 一世一代の決意をしたというのに、冷水を浴びせないで欲しい。まぁそれはそうなんだけど。
 微妙な気持ちに葛藤している間に、アヤメさんはノックをして呼びかける。しかし、やはりというか出たくないと断られてしまう。
「ま、そうだよね~。けど答えは聞いてないってね。それじゃあ、お邪魔しまーす!」

 アオの部屋の扉は今の彼女を表すように閉ざされている。しかし所詮は扉だ。鍵さえあれば簡単に開いてしまう。アオが鍵を閉めても無意味。そう、アヤメさんが持っているマスターキーさえあれば。
 扉はあっけなく開いて、アヤメさんは中へと入っていった。

「か、勝手に……」
「うん、可愛いパジャマ姿。だいじょーぶ、入ってきて」
「お邪魔します」

 入った瞬間に軽く衝撃を受けてしまう。部屋の中は、ごちゃごちゃと物や衣服で乱れていて、明かりも無く窓も閉め切られていた。ここまで荒れているのは、初めて見て、それは彼女の心情を表しているようだ。
 服装は、アヤメさんの言った通り早朝と同じモコモコ水色パジャマで、その彼女はベットに腰掛けてアヤメさんを少し睨んでいる。それは怯えた子犬のようで、胸が締め付けられた。

「師匠どうして……」
「この子に頼まれてさ〜。師匠としても、弟子がこのままだと困るしね〜」
「私にユウに……合わせる顔なんて……」

 顔を苦渋に歪めて服に爪を食い込ませるように握る。この様子じゃ、言葉を交わしても進展はしないだろう。アオは僕に視線を向けず、下を向き続けている。

「ねぇアオ」
「……」

 返事はない。でも呼びかけるとピクリと身体を震わせた。しっかりと聞こえている。なら、言うだけだ。アオと僕が向き合う舞台へ招待するため。

「僕と戦ってよ。喧嘩、しよう」

 そして僕はアオに宣戦布告をした。