「だんだん、人が増えてきましたね」
「そうだね」
多くの人の活動時間となり、静寂から日常へと変貌しつつあった。気温も優しさのある温かさになって、それを歓迎しているよう。
「良かった、人がいない内に涙が止まって」
周りに人がいたら、恥ずかし過ぎて終わっていたかもしれない。それに、もし知り合いに見られていたら、倒れる自信がある。
「ふふっ。コノはどんな時でもウェルカムですよ? 受け止めますから」
「や、止めてよ……ありがたいけど、人前ではしないよ」
「あはは、ですよね」
コノは子供っぽく笑う。途端にいつもの彼女に戻った気がして少し安心する。ずっとあの感じだと、色々と意識してしまいそうで、ヤバそうだった。
「……あれは」
こちらに近づいてくる人がいて、誰だろうと見ると、それは僕の知り合いで。
「よっ、ユウワくん」
「カイトさん」
青色の作業着を身に着けていた男性はカイトさんだった。太い眉毛に陽気な水色の瞳も相変わらずで、親しげに話しかけてくれる。
「……もしかしてデートだったか? それなら邪魔したな」
「い、いえ……そういうのでは」
「違うのかい?」
カイトさんは隣のコノを見ると、少し興味深そうに目を細めた。
「もしかしたら浮気現場を見つけてしまったと思ったんだがなー」
「う、浮っ!? そもそもアオとはそういう関係でもないですし!」
「ははっ。そうだったか、悪い悪い。あの子とは随分仲良さそうだったからさ」
そう人の良さそうな笑う顔を見せられると、何だか許してしまう力があって。これが明るい人なのかと思わされる。
「ゆ、ユウワさん……この方はって」
「うん、この人はカイトさん。前に話したと思うけどウルフェン絡みの霊の事で知り合ってね」
「どうも、あの時は彼にもお世話になってさ。君は……エルフ?」
「は、はい。コノハって言います。コノもユウワさんに霊の事で助けてもらったんです」
挨拶を終えると、カイトさんは僕の隣に座った。近づくと額や首に汗があって、さっきまで作業していたのだとわかる。
「同じだったか。……そういや君、どこかで見たような……」
「……」
もしかしたらあの村で見かけたのかもしれない。事情を知ってるコノは少し気まずそうにしていた。
「そうそう、聞いたよ。ウルフェンの件を君が解決してくれたんだろう? アヤメさんから聞いたよ。……本当にありがとう」
カイトさんのはどこか救われたような、そして寂しそうな微笑みだった。
「僕だけじゃないです。村の人達も協力してくれて……」
「村のって事は……もしかしてその子も?」
「はい。というか、実は彼女の件もカイトさんと同じウルフェンが絡んでいて、結果的にという形ではあるんですけど」
「……そうか。ありがとう、コノハさん」
「そ、そんな……コノは大したことはしてませんから」
同じ村にいた事から責任を感じてしまっているのか少し恐縮しているようだ。
「……そんなに気にしなくても良いと思う。だってコノも被害者だよ。さっき同じような事、僕にも言ってくれたよね。だから」
「……はい」
そう耳打ちすると、張り詰めたような緊張感が少し解けた。カイトさんはこちらの様子を気にする事なく復旧作業中のイシリスタワーを見上げている。
「そのウルフェンも亡霊だったと聞いたよ。俺はさ、彼らを憎んだし恨んだ。本当に許せなかった」
膝の上に置かれた両手を一度強く握ると、すぐにふっと開かれた。
「けど、レイアとしっかりと別れたからかな。あいつらが亡くなったと聞いてもスッキリも嬉しくもなかった。そんな感情が浮かんでこなくて良かったよ」
「カイトさん……」
「きっとそうなったらレイアが悲しむだろうからな。俺は前を向けてるんだと思えて、本当に良かった」
イシリスタワーを映す瞳は澄んでいて、確かな光を湛えていた。
「カイトさんはお強いんですね」
「どうだろう? もしそう見えてるならきっと妹が俺の背を押してくれたからだろうな。……コノハさんも同じじゃないかな」
「はい……そうですね」
コノもまたはっきりとそう答える。その二人に挟まれた僕はどこか場違いな感じがしてしまう。僕は、そんなに強くないから。
「……それよりもさっき凄く泣いてたけど、何かあったのか?」
「……え」
突然、今の僕にとっての爆弾発言が放り込まれた。瞬間、顔面が沸騰したような感覚になって。
「い、いつから……」
「泣き出したところからだ。見かけて話しかけようと思ったんだが、そうなっていて、終わるまで待ってたんだ。声は聞こえなかったがな」
「もう……終わりだぁ……」
「お、終わらないでください。大丈夫ですよ、泣くぐらい普通ですから……ね?」
「うぅ……」
あれを知り合いに見られていたなんて。人がいなければ地面をゴロゴロと転がっていたところだ。
「話したくなければいいが、悩み事なら俺も聞くぞ。あの時の礼じゃないが、力になる」
「ええと……」
「アオイさんの件で相談に乗ってもらいましょうよ。皆で考えれば良いアイデアが浮かぶかも」
「じゃあ……少し聞いて欲しい事があるんです。僕とアオの事です」
そして僕はカイトさんに、今アオと上手くいっていない事や時間がない事を話した。もちろん、異世界だとか転生だとかの話はせずに。
その間、カイトさんは真剣に無言で聞いてくれて、時おり下を向いて何かを考えるような素振りも見せた。
「という感じで、今はアオと上手く話せる状態じゃないんです。でも、時間がなくて……どうしようって」
正確な情報を伝えず、曖昧にしながら話すというのは難しい。ちゃんと分かってもらえただろうか。
「まぁ、何となくは分かった。君も苦労が絶えないな」
「あはは……」
伝わったようで安心する。そして、カイトさんから優しい眼差しを贈られた。
「それでなんだが。話を聞いてると似てる気がしたんだ、俺とレイアとさ」
「似てる……ですか」
「ああ。お互いに気を遣い合ってすれ違って、そして停滞して。大切にしているからこそ、動けなくなってる」
「……」
カイトさんは、レイアちゃんが霊になっていると気づいていないと思ってその事を話さないようにしていた。反対にレイアちゃんはカイトさんが心配で、気づいていないふりをして傍にいようとしていた。
「だから一歩を踏み出せないんだよな。その気持ち、痛いほどわかる。俺も同じだったからな」
「……っ」
言い当てられて寄り添われると、それは傷口に触れられ撫でられるような、しみる痛みを受ける。
「レイアのためにレイアためにって言い聞かせてた。本当はこのままじゃ駄目だってわかってはいても、やっぱり怖くて。そうしていると時間は刻一刻と過ぎて取り返しのつかない時が迫ってくる」
「……」
「だから、どこかで踏み出さないといけない。例えその人を傷つけるとしても」
やっぱりそういう結論になってしまう。でも本当に怖い。先が暗闇で見えなくて、もしかしたらその一歩が致命的になるかもと思ってしまう。
「大丈夫だ、君なら……君達ならきっと出来る」
「……でも」
「だって色んな人達を救ってきたんだろう? 君達に助けられた俺が言うんだ間違いない。コノハさんもそう思うよな?」
「はい! ユウワさんはコノとホノカを救ってくれた勇者様ですから!」
大きな壁を乗り越えた二人から信頼という光を向けられると、自分という影が見えてきてしまう。
「……僕は」
彼らは大切な人を自ら決めて手放した。そして、それを僕達は背中を押しながら、その意志を代行するようにロストソードを振るってきた。そうしてきた僕が、他人の大切を断ち切ってきた僕が、大切な人を傷つけるのが怖いって怯えている。
そんなのあり得ないだろう。未練で繋がれて霊だった彼らにも今を生きてる彼らにも失礼だ。こんな所で止まってちゃいけない。もう僕は、彼らから背中を押されているのだから。
「ユウワくん。俺はギリギリまで大切な妹を強引にでも助けようと行動出来なかった。君達のおかげで何とかなったけどな。だからこそ、同じ過ちを犯して欲しくないし、きっともっと早く動けると信じてる」
下を向いて暗い自分に飲み込まれそうになっているとカイトさんの声が降り注ぎ顔を上げる。そこには、僕に向けてくれる兄のような笑顔があって、大丈夫だと言葉以外でも伝えてくれていた。
「……」
「やっぱりさ、想いは伝えられる時に伝えないと駄目だよ。いつ別れが来るなんてわからないんだし」
「僕も……それわかります」
カイトさんと出会った時に、同じような会話をした。そして今もその時と同様に彼の言葉に共感した。けれど、その中にあるものは当時よりも圧倒的な質量と時間が詰め込まれていて。
もうすぐ言えそうなことが沢山ある。その相手は今は遠い所にいるけれど、ちょっぴり近くにいる、そんな気がした。
「そうだね」
多くの人の活動時間となり、静寂から日常へと変貌しつつあった。気温も優しさのある温かさになって、それを歓迎しているよう。
「良かった、人がいない内に涙が止まって」
周りに人がいたら、恥ずかし過ぎて終わっていたかもしれない。それに、もし知り合いに見られていたら、倒れる自信がある。
「ふふっ。コノはどんな時でもウェルカムですよ? 受け止めますから」
「や、止めてよ……ありがたいけど、人前ではしないよ」
「あはは、ですよね」
コノは子供っぽく笑う。途端にいつもの彼女に戻った気がして少し安心する。ずっとあの感じだと、色々と意識してしまいそうで、ヤバそうだった。
「……あれは」
こちらに近づいてくる人がいて、誰だろうと見ると、それは僕の知り合いで。
「よっ、ユウワくん」
「カイトさん」
青色の作業着を身に着けていた男性はカイトさんだった。太い眉毛に陽気な水色の瞳も相変わらずで、親しげに話しかけてくれる。
「……もしかしてデートだったか? それなら邪魔したな」
「い、いえ……そういうのでは」
「違うのかい?」
カイトさんは隣のコノを見ると、少し興味深そうに目を細めた。
「もしかしたら浮気現場を見つけてしまったと思ったんだがなー」
「う、浮っ!? そもそもアオとはそういう関係でもないですし!」
「ははっ。そうだったか、悪い悪い。あの子とは随分仲良さそうだったからさ」
そう人の良さそうな笑う顔を見せられると、何だか許してしまう力があって。これが明るい人なのかと思わされる。
「ゆ、ユウワさん……この方はって」
「うん、この人はカイトさん。前に話したと思うけどウルフェン絡みの霊の事で知り合ってね」
「どうも、あの時は彼にもお世話になってさ。君は……エルフ?」
「は、はい。コノハって言います。コノもユウワさんに霊の事で助けてもらったんです」
挨拶を終えると、カイトさんは僕の隣に座った。近づくと額や首に汗があって、さっきまで作業していたのだとわかる。
「同じだったか。……そういや君、どこかで見たような……」
「……」
もしかしたらあの村で見かけたのかもしれない。事情を知ってるコノは少し気まずそうにしていた。
「そうそう、聞いたよ。ウルフェンの件を君が解決してくれたんだろう? アヤメさんから聞いたよ。……本当にありがとう」
カイトさんのはどこか救われたような、そして寂しそうな微笑みだった。
「僕だけじゃないです。村の人達も協力してくれて……」
「村のって事は……もしかしてその子も?」
「はい。というか、実は彼女の件もカイトさんと同じウルフェンが絡んでいて、結果的にという形ではあるんですけど」
「……そうか。ありがとう、コノハさん」
「そ、そんな……コノは大したことはしてませんから」
同じ村にいた事から責任を感じてしまっているのか少し恐縮しているようだ。
「……そんなに気にしなくても良いと思う。だってコノも被害者だよ。さっき同じような事、僕にも言ってくれたよね。だから」
「……はい」
そう耳打ちすると、張り詰めたような緊張感が少し解けた。カイトさんはこちらの様子を気にする事なく復旧作業中のイシリスタワーを見上げている。
「そのウルフェンも亡霊だったと聞いたよ。俺はさ、彼らを憎んだし恨んだ。本当に許せなかった」
膝の上に置かれた両手を一度強く握ると、すぐにふっと開かれた。
「けど、レイアとしっかりと別れたからかな。あいつらが亡くなったと聞いてもスッキリも嬉しくもなかった。そんな感情が浮かんでこなくて良かったよ」
「カイトさん……」
「きっとそうなったらレイアが悲しむだろうからな。俺は前を向けてるんだと思えて、本当に良かった」
イシリスタワーを映す瞳は澄んでいて、確かな光を湛えていた。
「カイトさんはお強いんですね」
「どうだろう? もしそう見えてるならきっと妹が俺の背を押してくれたからだろうな。……コノハさんも同じじゃないかな」
「はい……そうですね」
コノもまたはっきりとそう答える。その二人に挟まれた僕はどこか場違いな感じがしてしまう。僕は、そんなに強くないから。
「……それよりもさっき凄く泣いてたけど、何かあったのか?」
「……え」
突然、今の僕にとっての爆弾発言が放り込まれた。瞬間、顔面が沸騰したような感覚になって。
「い、いつから……」
「泣き出したところからだ。見かけて話しかけようと思ったんだが、そうなっていて、終わるまで待ってたんだ。声は聞こえなかったがな」
「もう……終わりだぁ……」
「お、終わらないでください。大丈夫ですよ、泣くぐらい普通ですから……ね?」
「うぅ……」
あれを知り合いに見られていたなんて。人がいなければ地面をゴロゴロと転がっていたところだ。
「話したくなければいいが、悩み事なら俺も聞くぞ。あの時の礼じゃないが、力になる」
「ええと……」
「アオイさんの件で相談に乗ってもらいましょうよ。皆で考えれば良いアイデアが浮かぶかも」
「じゃあ……少し聞いて欲しい事があるんです。僕とアオの事です」
そして僕はカイトさんに、今アオと上手くいっていない事や時間がない事を話した。もちろん、異世界だとか転生だとかの話はせずに。
その間、カイトさんは真剣に無言で聞いてくれて、時おり下を向いて何かを考えるような素振りも見せた。
「という感じで、今はアオと上手く話せる状態じゃないんです。でも、時間がなくて……どうしようって」
正確な情報を伝えず、曖昧にしながら話すというのは難しい。ちゃんと分かってもらえただろうか。
「まぁ、何となくは分かった。君も苦労が絶えないな」
「あはは……」
伝わったようで安心する。そして、カイトさんから優しい眼差しを贈られた。
「それでなんだが。話を聞いてると似てる気がしたんだ、俺とレイアとさ」
「似てる……ですか」
「ああ。お互いに気を遣い合ってすれ違って、そして停滞して。大切にしているからこそ、動けなくなってる」
「……」
カイトさんは、レイアちゃんが霊になっていると気づいていないと思ってその事を話さないようにしていた。反対にレイアちゃんはカイトさんが心配で、気づいていないふりをして傍にいようとしていた。
「だから一歩を踏み出せないんだよな。その気持ち、痛いほどわかる。俺も同じだったからな」
「……っ」
言い当てられて寄り添われると、それは傷口に触れられ撫でられるような、しみる痛みを受ける。
「レイアのためにレイアためにって言い聞かせてた。本当はこのままじゃ駄目だってわかってはいても、やっぱり怖くて。そうしていると時間は刻一刻と過ぎて取り返しのつかない時が迫ってくる」
「……」
「だから、どこかで踏み出さないといけない。例えその人を傷つけるとしても」
やっぱりそういう結論になってしまう。でも本当に怖い。先が暗闇で見えなくて、もしかしたらその一歩が致命的になるかもと思ってしまう。
「大丈夫だ、君なら……君達ならきっと出来る」
「……でも」
「だって色んな人達を救ってきたんだろう? 君達に助けられた俺が言うんだ間違いない。コノハさんもそう思うよな?」
「はい! ユウワさんはコノとホノカを救ってくれた勇者様ですから!」
大きな壁を乗り越えた二人から信頼という光を向けられると、自分という影が見えてきてしまう。
「……僕は」
彼らは大切な人を自ら決めて手放した。そして、それを僕達は背中を押しながら、その意志を代行するようにロストソードを振るってきた。そうしてきた僕が、他人の大切を断ち切ってきた僕が、大切な人を傷つけるのが怖いって怯えている。
そんなのあり得ないだろう。未練で繋がれて霊だった彼らにも今を生きてる彼らにも失礼だ。こんな所で止まってちゃいけない。もう僕は、彼らから背中を押されているのだから。
「ユウワくん。俺はギリギリまで大切な妹を強引にでも助けようと行動出来なかった。君達のおかげで何とかなったけどな。だからこそ、同じ過ちを犯して欲しくないし、きっともっと早く動けると信じてる」
下を向いて暗い自分に飲み込まれそうになっているとカイトさんの声が降り注ぎ顔を上げる。そこには、僕に向けてくれる兄のような笑顔があって、大丈夫だと言葉以外でも伝えてくれていた。
「……」
「やっぱりさ、想いは伝えられる時に伝えないと駄目だよ。いつ別れが来るなんてわからないんだし」
「僕も……それわかります」
カイトさんと出会った時に、同じような会話をした。そして今もその時と同様に彼の言葉に共感した。けれど、その中にあるものは当時よりも圧倒的な質量と時間が詰め込まれていて。
もうすぐ言えそうなことが沢山ある。その相手は今は遠い所にいるけれど、ちょっぴり近くにいる、そんな気がした。



