「――そういうわけで僕は学校が好きじゃないんだ」
「……」

 僕は異世界から来た事、自分の過去、それだけじゃなくアオやモモ先輩や林原さんの過去についても伝えた。他人の深い部分を勝手に話すのは抵抗感があったけれど、長く一緒にいるかもしれないと考えると共有しておくべきだと考えた。
 コノはあまりの情報量だったからか目を瞑って一生懸命咀嚼している。

「だ、大丈夫?」
「は、はい……何となくですけど」
「あはは……ごめんね一気に話しちゃて。流石に難しいよね」
「正直そうですけど……でもまずさ今やる事だけはわかります」
「やる事……って」

 コノは僕に向かって手を伸ばしてきて、その終着点は頭の上だった。

「こ、コノ?」
「よーしよーし。辛かった……ですよね」

 優しく撫でてくる手が、思い出した事で開いた過去の傷に触れてくる。

「……」
「それなのに頑張って……えらいです」
「そんな事……は」
「いいえ。すごーく頑張りました」

 慈愛を湛えた微笑みを浮かべていて、僕自身の否定すらも吸収してくるようで。いつも慕ってくれているからどこか年下のような感覚を持っていたけど、今は年上のような包容感があった。だから、つい寄りかかりたくなって。

「僕は助ける事に失敗してそれから逃げた……最悪の過ちを犯していたんだ。勇者って言ってくれるけど、本当に情けない駄目な人間なんだよ」
「いいえ。そんなわけないです。ユウワさんの事もっと知れて、もっと好きになりました。それにやっぱり勇者です。いじめられてたアオイさんを助けたんですから」

 エメラルドの瞳の中に強い光が宿った。彼女の芯の強固さに吸い寄せられそうになる。

「でも、そのせいでアオは死んだんだ。やっぱりそうするのが間違いで――」
「間違いなんかじゃ、ないですよ。だって、大切な人を助けたんです。過ちなんかじゃ……。コノは……ホノカを助ける力はありませんでした。でも、ユウワさんは手を差し伸べて救ったんです。そんな風に思って欲しくないです」

 コノは儚い微笑みを浮かべ、言葉が詰まった。彼女を悲しませてしまった。これ以上は、そう止めようとするけど、ずっと頭を撫でる手が想いを吐き出させようとしてきて。

「……っ。僕が悪くないなら……誰が……」
「いじめた人達です。アオイさんもユウワさんも悪くありません、絶対に」
「いじめは人間の本能で、それを未然に防ぐのは難しいよ。だから、どう対応するかが大切で、僕はそこでミスしたんだ。そのせいでアオが犠牲になった」

 どうする事も出来ないものを憎んでも意味なんてなくて。それに、アオが自殺したのは僕が余計な事をしたせいで、悪いのは一目瞭然で。

「コノはそうは思いません。いじめはどうしようもない天変地異でもなければ、暴走している亡霊でもなくて、普通の人が起こしているんですよ。悪いのはその人達で、お二人に非はないと思います」
「で、でも……」

 何度も何度も自傷のためよ言葉のナイフはコノに優しく落とされて、もう次がない。自己否定したいのに、こんな自分は傷つかないといけないのに。

「僕……は……駄目……で」
「もう、自分を責めないでくださいっ!」
「コノ……ハ」

 心を爪で掻きむしる前に彼女に強く抱きしめられる。凄く締め付けられて少し痛くて苦しい。でも辛さも傷跡もつかなくて、消毒されたように沁みる。

「これ以上ユウワさんを……コノの勇者を苦しめないでください!」
「……あ」

 彼女の身体の温もりが、想いが、言葉が、奥底で凍りついたものがじんわりと溶け出して。それが本当に痛くて沁み込んで涙となって溢れ出した。

「もう許してあげてください」
「いいの……かな……?」
「楽になっていいんですよ。きっとアオイさんもそう言ってくれます」

 背中をさすられてさらに涙が込み上げてきて、嗚咽が漏れ出す。

「それに、ユウワさんが元気にならないと、今のアオイさんに分けてあげられませんよ。だから、後ろめたさもなく笑ってください」
「……そう、だね……」
「きっとユウワさんならアオイさんを暗い場所から救い出せます。襲われていたコノを助けてくれたように。そして昔一人だったアオイさんに手を差し伸べたように」
「……ありが……とう……コノ」
「ふふっ……こちらこそです」

 僕は子供みたいに泣きじゃくった。あの世界からずっとため込んだ想いを全部出し切るように。
 ずっと、ずっと苦しかった。助けて欲しかった。止めて欲しかった。やっと、やっと僕は僕を許しても良いんだって。苦しまなくて良いんだって。コノは受け止めて、そう肯定して包み込み続けてくれた。
 それはとてもとても心地が良かった。

 



 感情を吐き出し終えると、身も心もふわっと軽くなっていた。想いを溜め込めすぎたため代わりに目が少し腫れているけれど、きっとそれが変われた証なのだと思う。
「もう、大丈夫ですか?」
「ありがとうコノ」

 抱きしめてくれていた手が解かれて、僕は彼女から身体を離した。後ろ髪引かれるけれど。

「……」

 辺りを見回すと、さっきよりも世界が明るくキラキラ見える。それは日がさらに昇っただけじゃなくて、確かに色鮮やかになっていた。雲の上にある空は相変わらず澄んだ青をしていて、それにどこか共鳴している自分がいて。息を大きく吸って吐くとさらにその色に近づけた気がした。

「ふふっ。元気、出たみたいですね」
「う、うん」

 彼女を見ると、いつも以上に落ち着いていた思考に、さきほどまでの自身の姿を思い出してしまって。一気に沸騰してしまった。

「ええと……今の事は……内緒にしてね?」
「はい! 二人だけの秘密、ですね」

 コノは口元に人差し指を当てて、いたずらっぽく笑う。それを見ているとだんだんと感情が追いついてきて、羞恥心が爆発してきた。

「あぁ……恥ずかしすぎる……」
「えへへ。さっきも言いましたけど、親近感が湧いてもっとユウワさんの事好きになりました。もちろん、コノの勇者でもありますけどね」
「うぅ」
「それに、コノだけに打ち明けてくれて嬉しいです。その……コノの事を知って、信頼してくれたんですよね。距離も近づいているんですよね!」

 エメラルドの瞳を喜びに輝かせながら迫ってくる。

「そ、そう……かな」
「じゃあもっと好きになってくれるよう頑張ります! アオイさんに負けないよう!」
「あ、アオにって……」
「お話を聞いて分かりました。コノにも幼なじみがいましたからね。その大切にしてる気持ちはすごーく理解出来ます。それに、幼なじみ以上の想いがある事も」
「そ、それじゃまるで僕がアオの事を恋愛的に好きみたいで……」
「違うんですか?」

 当然の事を否定されたような口調だった。

「……わからない」

 考えてみてその答えは出なかった。だから過去を思い返すけど、中学時代に彼女を好きだったかも思い出せない。彼女の自殺とその苦しみに塗りつぶされてしまっている。この世界で再会した時は、死んだはずの人が生きていて、その嬉しさだけで、それ以上の事は考えられなかった。
 それからは無意識にその先を見ないようにしていた気がする。だって、コノに救われるまで僕のせいで死んだと思っていたんだ。罪悪感しかなかった。それでやっぱり今もまだ心の整理は完全についていなくて。

「コノの直感は、ユウワさんはアオイさんにラブだと言ってます」
「……その答えは、今のアオを救ってからかな」
「わかりました。じゃあ今の内に差を縮めるよう猛アタックしちゃいますから! 覚悟してくださいね!」
「お、お手柔らかにお願いします」
「わかりました、じゃあ早速手をぎゅっとしちゃいます!」

 眩しい笑顔を見せながら僕の両手を包みこんできた。コノの手はやっぱり温かくそして、柔らかかった。