「今度はここよ」

 次にモモ先輩に連れてこられたのは、白黒を基調とする、モダンな外観の店舗だった。窓越しには奥行きのある店内に様々な衣服が並んでいた。

「な、何だかオシャレな感じですね」
「ええ、日本にもこういう感じのお店があったし、少し安心感があるのよね」

 僕はまったく逆の感想で、今でも別世界の店に思えるし近づきがたい雰囲気をしている。

「けど、ユーぽんは苦手みたいね」
「未知場所というか、僕みたいなのが入っていいのか、みたいに考えてしまって」
「ふふん、それなら安心なさい。あたしがいるから。ユーぽんの初めては貰うわ」
「い、言い方が……」

 躊躇している僕には構わず、腕を掴んできて強制的に入店させられてしまう。そして、そこから瞳を輝かせたモモ先輩のショッピングが開始され、僕もそれに付き合わされる事に。

「これとこれ、どっちが良いと思う?」

 僕達は店内の奥の一角にある、魔法使いが着そうな服が陳列されている所にいる。そこにいたるまでも、何度かモモ先輩の足が止まり気になるものに意見を求められたりしていて、目当ての場所に来ると、さらに聞かれていた。今度は、シックなゴスロリかより子供っぽい明るい物の二択を迫られている。

「どっちも似合うと思いますけど、落ち着いた感じの方がいいのかなって」
「ユーぽんの好みはこっちなのね。あたし的には明るい感じの方が好きなんだけど……せっかくだしユーぽんセレクションの方を買うわ」
「自分の好みの方を買った方が……」
「いいのよ。別に嫌じゃないし、ユーぽんに選んでもらって嬉しかったからね」

 気を遣っているとかそういう感じではなさそうで、本当に喜んでいるようで安心する。それに、僕もそう言ってもらえて嬉しかった。

「じゃあ、次はユーぽんの番ね」
「へ?」

 そのまま会計をして出る想定が、モモ先輩の言葉で打ち砕かれる。

「ぼ、僕はいいですよ! 着れる服もありますし」
「恥ずかしがらなくてもいいのよ。モモ先輩セレクションでカッコよくしてあげるわ。それに、色々ユーぽんであそび……じゃなくて試したい事もあるし」
「……」

 完全に僕で遊ぶ気だ。モモ先輩は怪しげに目を光らせ、ゆっくり僕に迫ってくる。後ろに下がろうとするが、背後は商品棚で逃げ場はなかった。

「さぁ楽しむわよ」
「はい……」

 それから僕はモモ先輩の着せ替え人形となった。この店には、異世界チックな服から馴染みのある洋服や和服など様々あって、それらをモモ先輩は遠慮なく着せてきて。恥ずかしいやら疲れるやらとても大変だったのだけど、着替えた姿を見せると常に好意的な反応をしてくれて、満たされる感覚も少なからずあった。

「それじゃあ、ユーぽんが気に入ったセットを買うわ」
「良いんですか?」
「もちろんよ。じゃあ支払って来るわ」

 僕が選んだのは異世界感がゼロの洋服だった。イシリスのお金と同じようなアヤメさんの顔が描かれたシンプルな白のシャツとそれに合わせる黒のジャケット。そして下は黒の少しゆとりがある長ズボン。派手じゃなく普通な感じが僕に合っている気がしてそれらにした。モモ先輩は、金とか銀色の服が良いと言ってきたけど、それは断った。

「おまたせー」

 モモ先輩が戻って来ると、これまた店の外装に合わせるようなオシャレな紙袋を二つ持っていた。

「も、持ちましょうか?」
「無理はしないでユーぽん。さっきのを持ってくれてるんだから大丈夫よ。それにあたしのステータスは高いんだから」

 完全に忘れていた。エルフの村の一件で、自分は強くなれたという感覚があったけど、そもそもの能力は平凡以下。ロストソードの力で何とかなっていたんだ。僕は身の程を理解してモモ先輩にお願いした。

「疲れただろうし、少し休まない?」
「は、はい。助かります」
「それじゃあレッツゴー」

 助かった。正直慣れないことをしていたから、心身共に疲労感が溜まっていたんだ。力を振り絞ってそこへと歩き出した。

「着いたわ」
「……ここは」
「可愛いの宝庫で癒やされるわよ!」

 そこは一度訪れた事のあるメイド喫茶だった。僕はモモ先輩のされるがままに入り、愛嬌の塊みたいなメイドさんに案内されて四人がけの席に通される。それから、僕とモモ先輩は呪文付きのオムライスを頼んだ。その品が届くとケチャップでハートを描いてもらい、本当に美味しくなる呪文をかけてもらった。

「ごゆっくりどうぞ」
「はーい。ありがとねー」

 そう最後まで笑顔を振りまいてくれたメイドさんに返すようにモモ先輩は笑顔で手を振った。

「……じゃ食べよっか」
「はい。いただきます」

 オムライスを食べるとふんわりとした食感に噛めば噛むほど口の中に卵の美味しさが広がって、頬が溶けそうになる。

「改めて思うけど、ユーぽんのメシの顔ってメイドさんレベルで癒されるわ」
「……っ! さ、流石にそれは言い過ぎですよ」
「ううん。ユーぽんが食べてれば世界は平和になると言っても過言じゃないわ」
「過言過ぎます、それは」

 最近は、その点に関して皆からそう褒められるから否定はしづらくなっている。それに、それだけで役に立てているなら嬉しいとさえ思えた。

「……ごちそうさまでした」

 モモ先輩に見られながらも順調に箸を進めていき、あっという間に完食してしまい、満足感がしばらく残り続けた。

「ねぇユーぽん。良かったらなんだけど、ミズちゃんとあなたのお話を聞きたいのよ」
「僕とアオのですか?」
「ええ。ミズちゃん、昔の事はあまり話してくれなかったから。それに、ユーぽんと仲良くなるためにあなたの事も知りたいし」

 モモ先輩は一変して真剣な顔つきに。それは面白半分じゃないと教えてくれるようで。

「わかりました。ちょっと長くなるかもですけど」
「問題ないわ、お願い」

 それからモモ先輩に、僕とアオとの関係を出会いから説明した。ちょうどこの世界に来てアオとの思い出を夢に見ていたおかけで、スラスラと言葉にする事が出来て。さらにモモ先輩も聞くのが上手なおかげもあり、過不足なく話せた。

「という感じで、最終的に飛び降りました」
「……ありがとうユーぽん。辛い事もあったのに話してくれて」
「いえ。こういう話、あまり人にした事が無かったんですけど、話したら少し楽になりました」

 何か現状が変わった訳じゃないのに、口に出しただけで、少しスッキリとした感覚が得られて。そして、喋り過ぎて乾いた喉に水を流し込むとさらに爽快感が溢れた。

「それに、先にモモ先輩が教えてくれましたから」
「ふふっそうだったわね。あたしも聞いて貰えて同じ気持ちになったわ」

 重い話をするのは気が引けるし、カロリーが高い事だけど、互いのそれを知っていると思うと、心を許し許せているような気がして、心の距離も一気に近づけたような手応えを感じた。

「あたし、改めてミズちゃんの事全然知らなかったんだって思い知らされたわ」
「モモ先輩……」
「もっと向き合わなきゃね、依存せず対等な関係で」
「……僕も過去から逃げないよう頑張ります、アオのためにも」

 話していく中で、自分の頭が整理されて再度アオを助けたいという想いを認識出来た。

「一緒にミズちゃんのため協力して助けましょうね」
「はい!」
「そのためにも、さらに仲良くなるわよ! えいえいおー!」
「は、はい……えいえいおー!」

 モモ先輩に促されて共に右腕を上げた。とても恥ずかしいけれど、不思議な一体感があって、また一つ背中を押された、そんな気がした。

「……」

 でも、すぐにメイド喫茶にいた事を思い出して腕は下げた。