「……え? 今……なんて?」

 口の筋肉が力なく動き、息が混じった細くて震えた声が辛うじて出せた。

「ソラくんはね、この世界でも既に亡くなっているのよ。そして霊となってこの世に存在しているわ」
「そんな……」
「隠していたわけじゃなかったの。ただ、言うタイミングがなくてね」

 どうして気付けなかったのだろう。まだ会って間もなかったけれど、色々教わったりして少なからず関わってはいたんだ。

「それで林原さんは大丈夫なんですか?」
「ギリギリね。多少は時間は残っているけれど、余裕でもいられない。そんなところね」

 嫌でも思い出してしまうのは、亡霊化したウルフェンの事。目の前でまたそれを繰り返したくはない。

「未練については何て?」
「それがまだわからないのよ。ソラくん、教えてくれなくて」
「じゃ、じゃあ、相手は?」
「それもなんとも言えなくて。あたしか……ミズちゃんかなって思っているんだけどね」

 突然身近な存在が霊となって、さらに未練を持つ人になって。あまりの急展開に息がしずらくなって頭が痛くなってくる。

「ユウワさん、大丈夫ですか? よしよし……落ち着いてください」
「こ、コノ……」

 心配したコノが僕の頭をゆっくりと優しく撫でてくれる。それで何となく安堵が押し寄せてきた。
 彼女は幼馴染を失い霊となって向き合っていた。今の僕以上にショックを受けたんだ。落ち込む訳にはいかない。

「な、なぁ……! 見せつけてくれるじゃない……! ならあたしはこうよ」
「も、モモ先輩?」

 コノとはまた違う滑らかで小さな手に両手を包まれる。ほんのり温かくて、かすかだけど確かに安心感が満ちてきた。

「心配は無用よ。ユーぽんが来てくれれば万事解決なんだから」
「どういう事?」

 それは元気づける嘘ではなさそうで、確かな自信が言葉に宿っていた。

「あたしの予想ではね、今までソラくんが未練について言わなかったのは後任がいなかったからだと思ってるの。ソラくんはとっても良い人だし、人一番責任感があるわ。きっと、あたしやミズちゃんに負担をかけず、そしていずれ来る来訪者が適応できるよう、霊として居続けているのよ」

 ほとんどモモ先輩の推測でしかないけれど、とても説得力があった。実際、僕に稽古をつけてくれたし。

「ユーぽんは、もう一人でロストソードの使い手として仕事をこなせたわ。だから成長したあなたの姿を見せればソラくんも話してくれると思うの」
「なるほど……それじゃあ早く行かないとだね」
「そろそろ着きそうだぞー」

 サグルさんの呼びかけに、窓の外を見るともうゴンドラの発着場が見えてきた。あのウルブの島へと行く発着場と同じ場所で、遠回りしたけれど戻ってきたんだとより感じられた。
 ゲートから出ると、一気に都会的な喧騒と人工的や建造物が感覚器官に押し寄せてくる。しばらく、自然に囲まれた世界にいたので、その落差に少し面食らってしまう。

「な、な、な、なんですか……これは……」

 ただ僕以上に、コノはそのギャップに衝撃を受けていた。エメラルドの瞳と口をぽかんと開けて、キョロキョロと見回す。

「凄い……です。びっくりです。サグにぃの話は本当だったんだ……」
「びびるだろ。別世界だよな」
「見たことないものが沢山です……!」

 段々と驚愕から好奇に目の色を変えて、様々な建物やバス、メカメカしい人力車などを目で追っていく。けれど、まだ怖がっているのか僕の側からは離れず、気になったものがあっても足を踏み出せないようでいる。

「それじゃ、まずは『マリア』に行くわよ、ユーぽん」
「そ、そうですね」

 そう言うモモ先輩は、何故だがコノ以上の服と服が時々擦れるぐらいの距離に詰めて、そのまま歩こうとしてくる。

「ち、近くないですか?」
「あたしはユーぽんの先輩だもの。守ってあげなきゃでしょ」
「いや……ありがたいんですけど、ここまでしなくても」
「油断はダメよ。実際、ミズちゃんから離れてあんな事になったんだから」
「……」

 反論できなかった。そこを言われてしまうともう受け入れるしかない。

「ははっ、ユウワくん両手に花だね」
「サグルさん……助けてください」
「が、頑張れ」

 右にモモ先輩左にコノと、女性に至近距離で挟まれて非常に居心地が悪い。たまに触れる体温と良い香りが感覚をくすぐって、精神が乱されている。それをわかっているのか、サグルさんから憐憫の眼差しを向けられた。

「それじゃあ、そろそろ俺は行くよ。方向も逆みたいだしね」
「そっか……」
「コノハ、学び舎で学んだ事を忘れず頑張れ。それとたまに村に帰ってきてな。俺もこっちに来たらたまに顔を出すよ」
「うん!」

 コノは一瞬寂しそうにするも、すぐに笑顔が戻る。サグルさんもそれを見て兄のように微笑む。

「ユウワくんもモモさんも、コノの事をよろしくな」
「はい、任せてください」
「気が向いたらね」

 その返答に満足そうに頷いた。

「じゃあな」
「バイバイ、サグにぃ。また会おうね」
「さようなら」
「……」

 くるりと背を向けてサグルさんは歩き出す。モモ先輩も含めて僕達はしばらく手を振り続けた。

「そろそろ行くわよ」
「コノ、行ける?」
「はい!」

 二人の距離感は変わらず逃げる隙もなくて、両側から体温を感じて、嫌な汗を流しながら『マリア』へと向かった。