コノとホノカは村の祭りを全力で楽しんだ。一緒に屋台を回って、歩きながら食べ物を食べたり、魔法を用いた射的や輪投げなどのゲームをしたり、村人の人達とリズムに合わせて踊ったりと。祭りの醍醐味を存分に味わい尽くしていった。
「ふふっ楽しいねホノカ!」
「ははっ、そうだな」
二人はずっと幸せそうに笑顔でいる。それは単純に嬉しいだけじゃなくて、最後だからこそ一瞬一瞬を大切にしているからだろう。
「ユウワさん、お祭りどうですか?」
「賑やかでいいんだけど……」
「何かあるのか?」
「いや、二人が持ってるそれさ……」
彼女達の手には魔法の射的で手に入れた僕のぬいぐるみがあった。
「まさか、互いにユウワのぬいぐるみに当てちまうとはな」
「えへへ、そうだね。でも、コノ的には最高だし、お揃いだし良かった」
「でも、本人として微妙な気持ちみたいだな」
「いや、どんな顔をすればいいのか……」
一緒に祭りを楽しんでいる女の子二人が僕の顔をしたぬいぐるみを持っているというこの状況。残念ながら非現実的過ぎて、脳が処理する事が出来なかった。
「もっと笑って全力で楽しみましょう! まだまだ時間はあるので!」
「外の人間は中々この祭りに参加できないんだからな」
「……うん、そうだね」
まだ気持ちの切り替えが上手くいっておらず、どこか第三者のような視点でいた。でも、二人は当事者として扱ってくれていて、それを無下にしてはいけない。
「よしっ!」
そう思ってから僕は頭を空っぽにして祭りに向き合った。
「そろそろですよ」
「……何か始まるの?」
「まぁ見とけよ」
それから何時間経っただろうか、次第に祭りの騒がしさが沈静化しつつあって、終わりの出口が見えてきた。そんな中で、多くの村人共に僕達は村の中心へと訪れていた。周囲の人達は神木よりも高い夜空に目を向けていて。
「来たっ」
「……!」
ふと、紅の丸い閃光が音を立てて夜空を切り裂いた。そしてある程度の高さに来ると爆発。小さな赤い火花が藍色の空のキャンパスの上に美しく咲き誇って、儚く散った。
それは僕にも馴染み深い花火と同じようなものだった。違いといえばそれが魔法で作られているくらいだろうか。
「わぁ……」
「凄い……」
最初のものを皮切りに続々と魔法が打ち上げられていった。シンプルな炎の魔法の花火だけじゃなく、水魔法や雷魔法作られたもの、さらには様々な魔法を複合的に放ったものと多種多様な花火が村の空に描かれ続けた。
「きれーい」
「そう……だな」
隣にいるコノの瞳の中には色々な光がキラキラと映し出されていて、奥にいるホノカはそんな彼女を捉えている。
「……」
「おぉ……」
最後だというように沢山の花火が絶え間なく連続で放たれる。それに皆は釘付けになっているが、一人だけは別のものをずっと見続けていた。それは光が無くなって、暗がりの中に入ってもなおずっと。
「綺麗だったね、ホノカ!」
「ああ……すげぇ綺麗だった」
その花火がこの祭りの最高潮であり終わりの合図でもあった。
最高潮の盛り上がりから、その余韻を楽しむようにしばらく村人同士の交流が行われる。だが夜も遅く次第に村人はそれぞれの家へと戻っていってしまい、密集していた事による圧力が急速に薄れていく。
「終わったんだな」
「ね、あっという間だった」
暗闇が持つ優しい静けさに包まれて、寂しさと心地良さが身体を覆われる。
「……」
「……」
無言の時間が流れる。二人は目を合わせる事なく神木を見上げていた。光魔法で周囲を淡く照らされており、そんな状態の中僕は彼女達を後方で眺める。風に揺らされて神木が虹色の葉で囁いていた。
「ねぇホノカ」
「あなさ、コノハ」
二人が同時に覚悟を決めたように顔を見合わせ呼びかけた。完全に同じタイミングで声がかぶる。
「ふふっハモっちゃったね」
「……だな」
コノは嬉しそうに、ホノカは恥ずかしそうにはにかんだ。
「えっと、どっちから言おうか」
「うーん。じゃあ、ホノカからどうぞ」
「わ、わかった……」
コノがホノカに譲る。一緒ピリッと張り詰めた空気は弛緩していて、微妙な雰囲気になってしまった。
「こほん。それで……話っていうのはだな……えーと……っ」
咳払いを一つ挟んで本題へ。しかし、勇気が出ないのか言葉が続かない。僕はそれに、助けたくなってしまうものの抑えて見守った。
「……ふぅ。悪い、ちょっと緊張しててさ」
「大丈夫だよ、待ってるから」
「サンキュー。よしっ!」
ホノカはパチンと顔を叩いて気合を入れ直した。そうして、一歩コノの方に踏み出して重い口を開く。
「実はさ、オレ未練について嘘を言ってたんだ」
「それって……」
「ああ。祈り手としての役割を果たす、それは本当の未練じゃない。……ごめん、嘘を言っていて」
「ちょ、ちょっと待ってよっ」
謝罪の意を示すように頭を下げる。それを受けたコノはたじろいでしまっている。
「あ、頭を上げてホノカっ……その、コノも嘘をついていたの。……ごめんなさい」
「……え」
コノにそう秘密を伝えられて、弾かれるように顔を上げた。
「ホノカと同じなの。本当の事を言えなくて、祈り手を言い訳にしてた」
「あはは……そんな所まで一緒なのかよ」
「そうだね、幼なじみだからかな?」
「かもな……でもオレはそれで終わりたくない」
ふとホノカが纏う空気感が変貌する。それを察したのかコノの表情にも緊張が走った。
「ホノカ?」
「これを受け取ってくれ」
「……これって!」
取り出したのはホノカが作った自分自身のぬいぐるみだった。そのぬいぐるみは赤いミニスカートの着物を着ていて、売り物よりも手作り感が少なからずあるものの、そこに温かさがあって。
「オレが作ったんだ。プレゼントしたくて」
「か、可愛い〜! ありがとう、ホノカ!」
「そっか……」
ぬいぐるみを抱きしめて無邪気に喜ぶ。それを見てホノカはほっとした微笑みを浮かべた。
「大切にするね! もう朝から夜までずっと一緒にいるから!」
「そ、それはやり過ぎだろ。寝る間時くらいで十分だよ」
「ええー? まぁホノカが言うならそうするけど……ってどうしてコノにくれたの?」
核心に迫る質問が飛んだ。その瞬間、再びホノカの表情が固くなる。
「それはだな」
「うん」
「……伝えたい想いがあったからなんだ」
少し離れていてもわかるほど頰を赤らめている。ただ、紅の瞳はコノをしっかりと見つめていて。
「オレ……さ。実は昔から好きだったんだ、コノハの事。その、恋愛的な意味で」
「え、えええええ!?」
驚いたコノの叫びが夜の中を駆けた。大きく目を見開いて、口も空いたままで信じられないという様子でいた。
「き、気づかなかったよ……」
「そりゃあ、隠してたから」
「……もしかして、急にあだ名呼びから名前呼びに変えたり嫌がったりしたのって」
「意識しちゃって、恥ずかしくなってついな」
僕にはコノと呼ばせているのにホノカはそうしていないことに違和感があったけど、そういう理由だったのか。
「もうっその時少し寂しかったんだからね、ホノ。まぁネガティブな理由じゃなくて良かったけど」
「ごめん。でももう大丈夫だからコノ」
「えへへ、いざ言われると懐かしくてちょっとくすぐったいね」
「そう、だな」
完全に二人の心の壁が取り払われたようで良かったと安心する。それと同時に羨ましいとも思えて、彼女達の姿を僕とアオに重ねてしまった。
「……オレの未練は告白する事だったんだ」
「それは言えないよね」
「流石にな……。それでさ、どうだ? オレと付き合って欲しいんだ」
「……」
コノは考えるようにエメラルドの瞳を地面に落とした。そんな彼女はどこか喜びと切なさの混じった儚さがあるように見えた。
「……ごめんなさい。コノはホノの気持ちに応えられません」
そしてエメラルドの瞳を真っ直ぐぶつけて、はっきりとそう答えを出した。
「そっか……」
「コノにとってホノは大切な親友で恋愛対象には思えなくて……それに、今コノには好きな人がいるから。だから、本当にごめんなさい」
コノは声を絞り出し理由を告げて頭を大きく下げた。ぬいぐるみを持つ手はぎゅっと強く握られている。
「あ……ありがとうな、しっかりと、答えて、くれて……」
「ホノっ」
ホノカは涙を隠すように顔を空に向けたままにする。それに気づいたコノが近づこうとすると、手で制された。
「辛いは……辛いんだけどさ。でも、それ以上にずっと言えなかった事を言えて、すげぇ解放された気持ち、なんだ」
そう言い終えてから乱雑に腕で涙を拭き取る。涙の跡を残したまま、ニッとスッキリとした笑顔で八重歯を見せた。
「よしっ、オレのターンは終わり。そんで、コノの未練って何なんだ?」
パンと切り替えようと手を叩く。そして会話のボールをコノに手渡した。
「コノの未練はね、ホノを安心させる事なの」
「オレを?」
「うん。コノって、体力ないしおっちょこちょいで頭も良くないから、ホノを心配させちゃうだろうって思ってて」
「まぁ、確かにそうだな。可能ならずっと側にいたいくらいだ」
ホノカは彼女が持つぬいぐるみを眩しそうに目を細めた。
「だから、大丈夫だって思えるにはコノを大切にしてくれる人がいたらいいんじゃないかって思っていたの。……そしてそこにユウワさんが現れて、彼は勇者になってくれるって言ってくれた」
「……あいつは全力でコノを守ってくれてたし、勇者宣言を堂々としてたもんな」
ホノカがニヤニヤしながら僕の方を見てくる。思い返すと凄い恥ずかしい事を言ってしまっていて、叫んで走りたくなってしまう。
「もうコノにはユウワさんがいて、特訓して少しは体力もついたし、戦いにも参加できた。……どうかな、安心できた?」
「少し心配ではあるけど……ま、勇者様がいるなら大丈夫そうだな」
「ふふっ、良かった〜」
大きなものを託された、その重圧をさらに感じてしまう。
「……これは」
「ユウワさんっ」
未練が解消された事で二人の身体を繋いでいる紫の糸が現れる。僕は駆け寄ってロストソードを出した。
「時間、みたいだな……なぁコノ、オレの分まで楽しんで生きてくれよな」
「……うん。コノもホノとの時間を絶対忘れないよ」
「コノが幼なじみで良かった、今までありがとうな」
「こちらこそ、ホノのおかげで今があるんだ。ありがとう」
お互いに目を潤ませて感謝を伝え合い、少しの間抱擁を交わした。そして名残惜しそうに身体を離すと、同時に糸も途切れてしまって。ホノカの身体が黒に染まっていく。
「ユウワ、オレ達のために頑張ってくれてありがとうな」
「こちらこそ、ホノカのおかげでここにいれて強くなれたよ」
ホノカは悟ったような大人びた穏やかな表情で微笑している。
「……ここに来たのがお前で本当に良かったよ。きっと、これこそが運命の出会いってやつなのかもな」
「そうだね、僕もそう思うよ」
「ははっ。……コノの事を頼んだぜ勇者ユウワ」
「任せて、彼女は必ず守って幸せにする」
その僕の想いを聞いたホノカは、少年みたいに子供っぽく笑った。
「じゃあなコノ、ユウワ」
「バイバイ、ホノ」
「さようなら、ホノカ」
そのやり取りを最後にホノカの身体は真っ黒に染まった。亡霊となった彼女は終わりを待つようにただ立ち尽くしている。
「……っ」
ロストソードで亡霊を斬り裂いた。すると、ソウルが二つに分裂して片方は剣の中に取り込まれもう一つのホノカは星が瞬く夜空の向こうに飛び立った。
「ホノ……ホノ……」
見えなくなるまでコノは涙を流しながら目で追い名前を呼び続けた。ホノカのぬいぐるみを強く抱きしめながら。
彼女がいた場所にはぽつんと僕のぬいぐるみが力を失ったように倒れていた。
「ふふっ楽しいねホノカ!」
「ははっ、そうだな」
二人はずっと幸せそうに笑顔でいる。それは単純に嬉しいだけじゃなくて、最後だからこそ一瞬一瞬を大切にしているからだろう。
「ユウワさん、お祭りどうですか?」
「賑やかでいいんだけど……」
「何かあるのか?」
「いや、二人が持ってるそれさ……」
彼女達の手には魔法の射的で手に入れた僕のぬいぐるみがあった。
「まさか、互いにユウワのぬいぐるみに当てちまうとはな」
「えへへ、そうだね。でも、コノ的には最高だし、お揃いだし良かった」
「でも、本人として微妙な気持ちみたいだな」
「いや、どんな顔をすればいいのか……」
一緒に祭りを楽しんでいる女の子二人が僕の顔をしたぬいぐるみを持っているというこの状況。残念ながら非現実的過ぎて、脳が処理する事が出来なかった。
「もっと笑って全力で楽しみましょう! まだまだ時間はあるので!」
「外の人間は中々この祭りに参加できないんだからな」
「……うん、そうだね」
まだ気持ちの切り替えが上手くいっておらず、どこか第三者のような視点でいた。でも、二人は当事者として扱ってくれていて、それを無下にしてはいけない。
「よしっ!」
そう思ってから僕は頭を空っぽにして祭りに向き合った。
「そろそろですよ」
「……何か始まるの?」
「まぁ見とけよ」
それから何時間経っただろうか、次第に祭りの騒がしさが沈静化しつつあって、終わりの出口が見えてきた。そんな中で、多くの村人共に僕達は村の中心へと訪れていた。周囲の人達は神木よりも高い夜空に目を向けていて。
「来たっ」
「……!」
ふと、紅の丸い閃光が音を立てて夜空を切り裂いた。そしてある程度の高さに来ると爆発。小さな赤い火花が藍色の空のキャンパスの上に美しく咲き誇って、儚く散った。
それは僕にも馴染み深い花火と同じようなものだった。違いといえばそれが魔法で作られているくらいだろうか。
「わぁ……」
「凄い……」
最初のものを皮切りに続々と魔法が打ち上げられていった。シンプルな炎の魔法の花火だけじゃなく、水魔法や雷魔法作られたもの、さらには様々な魔法を複合的に放ったものと多種多様な花火が村の空に描かれ続けた。
「きれーい」
「そう……だな」
隣にいるコノの瞳の中には色々な光がキラキラと映し出されていて、奥にいるホノカはそんな彼女を捉えている。
「……」
「おぉ……」
最後だというように沢山の花火が絶え間なく連続で放たれる。それに皆は釘付けになっているが、一人だけは別のものをずっと見続けていた。それは光が無くなって、暗がりの中に入ってもなおずっと。
「綺麗だったね、ホノカ!」
「ああ……すげぇ綺麗だった」
その花火がこの祭りの最高潮であり終わりの合図でもあった。
最高潮の盛り上がりから、その余韻を楽しむようにしばらく村人同士の交流が行われる。だが夜も遅く次第に村人はそれぞれの家へと戻っていってしまい、密集していた事による圧力が急速に薄れていく。
「終わったんだな」
「ね、あっという間だった」
暗闇が持つ優しい静けさに包まれて、寂しさと心地良さが身体を覆われる。
「……」
「……」
無言の時間が流れる。二人は目を合わせる事なく神木を見上げていた。光魔法で周囲を淡く照らされており、そんな状態の中僕は彼女達を後方で眺める。風に揺らされて神木が虹色の葉で囁いていた。
「ねぇホノカ」
「あなさ、コノハ」
二人が同時に覚悟を決めたように顔を見合わせ呼びかけた。完全に同じタイミングで声がかぶる。
「ふふっハモっちゃったね」
「……だな」
コノは嬉しそうに、ホノカは恥ずかしそうにはにかんだ。
「えっと、どっちから言おうか」
「うーん。じゃあ、ホノカからどうぞ」
「わ、わかった……」
コノがホノカに譲る。一緒ピリッと張り詰めた空気は弛緩していて、微妙な雰囲気になってしまった。
「こほん。それで……話っていうのはだな……えーと……っ」
咳払いを一つ挟んで本題へ。しかし、勇気が出ないのか言葉が続かない。僕はそれに、助けたくなってしまうものの抑えて見守った。
「……ふぅ。悪い、ちょっと緊張しててさ」
「大丈夫だよ、待ってるから」
「サンキュー。よしっ!」
ホノカはパチンと顔を叩いて気合を入れ直した。そうして、一歩コノの方に踏み出して重い口を開く。
「実はさ、オレ未練について嘘を言ってたんだ」
「それって……」
「ああ。祈り手としての役割を果たす、それは本当の未練じゃない。……ごめん、嘘を言っていて」
「ちょ、ちょっと待ってよっ」
謝罪の意を示すように頭を下げる。それを受けたコノはたじろいでしまっている。
「あ、頭を上げてホノカっ……その、コノも嘘をついていたの。……ごめんなさい」
「……え」
コノにそう秘密を伝えられて、弾かれるように顔を上げた。
「ホノカと同じなの。本当の事を言えなくて、祈り手を言い訳にしてた」
「あはは……そんな所まで一緒なのかよ」
「そうだね、幼なじみだからかな?」
「かもな……でもオレはそれで終わりたくない」
ふとホノカが纏う空気感が変貌する。それを察したのかコノの表情にも緊張が走った。
「ホノカ?」
「これを受け取ってくれ」
「……これって!」
取り出したのはホノカが作った自分自身のぬいぐるみだった。そのぬいぐるみは赤いミニスカートの着物を着ていて、売り物よりも手作り感が少なからずあるものの、そこに温かさがあって。
「オレが作ったんだ。プレゼントしたくて」
「か、可愛い〜! ありがとう、ホノカ!」
「そっか……」
ぬいぐるみを抱きしめて無邪気に喜ぶ。それを見てホノカはほっとした微笑みを浮かべた。
「大切にするね! もう朝から夜までずっと一緒にいるから!」
「そ、それはやり過ぎだろ。寝る間時くらいで十分だよ」
「ええー? まぁホノカが言うならそうするけど……ってどうしてコノにくれたの?」
核心に迫る質問が飛んだ。その瞬間、再びホノカの表情が固くなる。
「それはだな」
「うん」
「……伝えたい想いがあったからなんだ」
少し離れていてもわかるほど頰を赤らめている。ただ、紅の瞳はコノをしっかりと見つめていて。
「オレ……さ。実は昔から好きだったんだ、コノハの事。その、恋愛的な意味で」
「え、えええええ!?」
驚いたコノの叫びが夜の中を駆けた。大きく目を見開いて、口も空いたままで信じられないという様子でいた。
「き、気づかなかったよ……」
「そりゃあ、隠してたから」
「……もしかして、急にあだ名呼びから名前呼びに変えたり嫌がったりしたのって」
「意識しちゃって、恥ずかしくなってついな」
僕にはコノと呼ばせているのにホノカはそうしていないことに違和感があったけど、そういう理由だったのか。
「もうっその時少し寂しかったんだからね、ホノ。まぁネガティブな理由じゃなくて良かったけど」
「ごめん。でももう大丈夫だからコノ」
「えへへ、いざ言われると懐かしくてちょっとくすぐったいね」
「そう、だな」
完全に二人の心の壁が取り払われたようで良かったと安心する。それと同時に羨ましいとも思えて、彼女達の姿を僕とアオに重ねてしまった。
「……オレの未練は告白する事だったんだ」
「それは言えないよね」
「流石にな……。それでさ、どうだ? オレと付き合って欲しいんだ」
「……」
コノは考えるようにエメラルドの瞳を地面に落とした。そんな彼女はどこか喜びと切なさの混じった儚さがあるように見えた。
「……ごめんなさい。コノはホノの気持ちに応えられません」
そしてエメラルドの瞳を真っ直ぐぶつけて、はっきりとそう答えを出した。
「そっか……」
「コノにとってホノは大切な親友で恋愛対象には思えなくて……それに、今コノには好きな人がいるから。だから、本当にごめんなさい」
コノは声を絞り出し理由を告げて頭を大きく下げた。ぬいぐるみを持つ手はぎゅっと強く握られている。
「あ……ありがとうな、しっかりと、答えて、くれて……」
「ホノっ」
ホノカは涙を隠すように顔を空に向けたままにする。それに気づいたコノが近づこうとすると、手で制された。
「辛いは……辛いんだけどさ。でも、それ以上にずっと言えなかった事を言えて、すげぇ解放された気持ち、なんだ」
そう言い終えてから乱雑に腕で涙を拭き取る。涙の跡を残したまま、ニッとスッキリとした笑顔で八重歯を見せた。
「よしっ、オレのターンは終わり。そんで、コノの未練って何なんだ?」
パンと切り替えようと手を叩く。そして会話のボールをコノに手渡した。
「コノの未練はね、ホノを安心させる事なの」
「オレを?」
「うん。コノって、体力ないしおっちょこちょいで頭も良くないから、ホノを心配させちゃうだろうって思ってて」
「まぁ、確かにそうだな。可能ならずっと側にいたいくらいだ」
ホノカは彼女が持つぬいぐるみを眩しそうに目を細めた。
「だから、大丈夫だって思えるにはコノを大切にしてくれる人がいたらいいんじゃないかって思っていたの。……そしてそこにユウワさんが現れて、彼は勇者になってくれるって言ってくれた」
「……あいつは全力でコノを守ってくれてたし、勇者宣言を堂々としてたもんな」
ホノカがニヤニヤしながら僕の方を見てくる。思い返すと凄い恥ずかしい事を言ってしまっていて、叫んで走りたくなってしまう。
「もうコノにはユウワさんがいて、特訓して少しは体力もついたし、戦いにも参加できた。……どうかな、安心できた?」
「少し心配ではあるけど……ま、勇者様がいるなら大丈夫そうだな」
「ふふっ、良かった〜」
大きなものを託された、その重圧をさらに感じてしまう。
「……これは」
「ユウワさんっ」
未練が解消された事で二人の身体を繋いでいる紫の糸が現れる。僕は駆け寄ってロストソードを出した。
「時間、みたいだな……なぁコノ、オレの分まで楽しんで生きてくれよな」
「……うん。コノもホノとの時間を絶対忘れないよ」
「コノが幼なじみで良かった、今までありがとうな」
「こちらこそ、ホノのおかげで今があるんだ。ありがとう」
お互いに目を潤ませて感謝を伝え合い、少しの間抱擁を交わした。そして名残惜しそうに身体を離すと、同時に糸も途切れてしまって。ホノカの身体が黒に染まっていく。
「ユウワ、オレ達のために頑張ってくれてありがとうな」
「こちらこそ、ホノカのおかげでここにいれて強くなれたよ」
ホノカは悟ったような大人びた穏やかな表情で微笑している。
「……ここに来たのがお前で本当に良かったよ。きっと、これこそが運命の出会いってやつなのかもな」
「そうだね、僕もそう思うよ」
「ははっ。……コノの事を頼んだぜ勇者ユウワ」
「任せて、彼女は必ず守って幸せにする」
その僕の想いを聞いたホノカは、少年みたいに子供っぽく笑った。
「じゃあなコノ、ユウワ」
「バイバイ、ホノ」
「さようなら、ホノカ」
そのやり取りを最後にホノカの身体は真っ黒に染まった。亡霊となった彼女は終わりを待つようにただ立ち尽くしている。
「……っ」
ロストソードで亡霊を斬り裂いた。すると、ソウルが二つに分裂して片方は剣の中に取り込まれもう一つのホノカは星が瞬く夜空の向こうに飛び立った。
「ホノ……ホノ……」
見えなくなるまでコノは涙を流しながら目で追い名前を呼び続けた。ホノカのぬいぐるみを強く抱きしめながら。
彼女がいた場所にはぽつんと僕のぬいぐるみが力を失ったように倒れていた。